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てっしゅう
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「哀の川」 第九章 純一と杏子

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麻子は首を振って、いいのよ、直樹が好きだから・・・と答えた。

余韻を楽しむ間もなく、電話がかかってきた。杏子からだ。純一の様子がおかしいと言うのだ。慌てて着替えて、二人は隣の部屋に駆け込んだ。心配そうに杏子は純一の傍に身体を寄せて声をかけていた。
「純一君!大丈夫?お母さんが来たわよ・・・」
「純一!どうしたの!直樹、どうしよう・・・」
「姉さん、電話して医者を呼んでもらって!早く!」
「解った。Hello This is room No 1215 kyoko Saitoh・・・」

少し待って、ドアーがノックされた。ホテルと契約している医師がやってきた。純一の様子を看取って、杏子に仔細を話した。
疲れと子供によくある突発性の発熱だろうと診断された。心配なら自分の病院へ来て精密検査を受けるようにとアドバイスもされていた。
とりあえず、薬を飲んで熱が下がるだろうと渡された錠剤を飲ませた。

純一の急な病で三人は今日の予定をすべてキャンセルし、傍に居る事にした。少し安心してお腹がすいてきた。杏子は外に出てマックでハンバーガーとコークを買ってくると一人で出かけた。ホテルのモーニングは美味しくないばかりか、やたらと高いのである。昔と違い今はより質素な暮らしにしないといけないと自覚しているから、出来るだけホテル以外で食事を採るように心がけた。

「杏子さんが居て本当に助かったわ。わたし達だけでこんな事になったら大騒ぎになっていたわよねきっと・・・」
「そうかも知れないね。これからは少し英語を勉強して話せるようにならないと、ダメだな」
「ダンスは卒業して、英語を習いに行こうかしら。時間がかかっても覚えられたら、また純一やあなたと旅行が楽しめるものね。ねえ、帰ったらすぐに申し込んで始めても構わない?」
「ああ、そうしろよ。ボクも一緒に通うよ。姉さんに教えてもらう事も出来るけど、身内じゃ気乗りしないか、厳しくなりすぎるか、だろうからね。きっとやりにくく感じるよ」

杏子が戻ってきた。おなじみの紙袋に四人分のハンバーガーとコークが入っていた。久しぶりに食べるマックではあったが、不思議なことに懐かしい味がした。ファーストフードの革命、マックは世界中どこで食べてもほぼ同じ味なのだ。日本食ではないのに、懐かしく感じることは、それだけ日本にも根付いている味である事が証明されたようなものだ。純一が元気になったら、きっと喜ぶに違いないとテーブルの上に解るように残ったハンバーガーを置いた。

三人の心配をよそに、純一は薬と発熱のためにぐっすりと眠り続けていた。やがて話すことにも疲れ誰からともなく椅子やベッドで三人は眠り始めていた。

純一の声で目が覚めた。何時間寝てしまっていたのだろう。時計を見ると、3時を回っていた。汗を拭き、着替えて水を少し飲ませた。純一の額に手を当てると、少し熱が下がっていた。麻子はもう大丈夫のようだから、私が一人で看病する、と言い、直樹と杏子に買い物にでも出かけてきたら?と勧めた。

「姉さんどうする?」直樹は聞いた。
「そうね、麻子さん昼ごはんはどうする?」
「大丈夫よ、おなか減ってないから。夜まで我慢するわ」
「そう、私も同じだから、直樹はどうなの?」
「ぶらぶらしてカフェでパンでも食べるよ」
「そう、じゃあ出かけようか。麻子さん、欲しいものあったら買ってくるよ」
「ありがとう、何もいらないわ。仲良く行ってきて」
「いまさらだけどね、ハハハ・・・じゃあ、行こうか、姉さん」

久しぶりに直樹と杏子の兄弟は街を散歩し、買い物を楽しんだ。杏子は自然と直樹の腕に自分の腕を絡ませてくっついていた。顔が似ていないので他人から見ると恋人同士に見える、いや夫婦に見えるかもしれない。

「ねえ、麻子さんって、何故直樹に惚れたんだろう?あなたは女から見ていい男に見えないからねえ・・・」
「酷い言い方だなあ!でも考えたら、不思議だよ。俺なんかと付き合ってくれるなんて」
「でしょ?きっと何かあるのよ、直樹の知らないことが」
「おいおい、脅すなよ。そんなことある訳がないじゃないか!」
「考えても見て。大金持ちの美人セレブよ!麻子さんは。貧乏人の直樹のどこに惚れるのよ!」
「だんだん不安になるじゃないか、止めようよこの話題は」
「解った!きっとね、丸々太らせてから・・・食べるのよ!!きゃっ!怖い〜」
「・・・そういう展開だったんだね、面白くもないよ、冗談ばかり、言いすぎだよ、姉さんは」
「ゴメン・・・ね。直樹、私は嫉妬してるのよ、麻子さんに。直樹を取られたし、美人だし、お金もあるし、子供も居るし、幸せすぎるじゃない!私は・・・何?あなたに言っても仕方ないけど、女じゃないのよ。綺麗といってくれても女じゃないの・・・」

直樹は姉の哀しみが痛いほどにわかっている。麻子との出会いで鎮まっていた感情が噴出したのだ。ただ聞いているだけしかすべはなかった。

「姉さん・・・言わないでよそれは、悲しくなるじゃないボクも。何もしてあげられないと、そう思うだけで胸が詰まっちゃう・・・小さいころから姉さんのこと、好きだったから、幸せになって欲しかったよ。今もそれは変わらない。いい出会いがきっとあるよ」
「優しいのね、いつも直樹は私のことをかばってくれたし、お風呂も一緒、どこへ行くのも一緒だったわよね、小さいころは。あなたが麻子さんと結婚することが本当は嬉しいはずなのに、こんな嫉妬に苛まれるなんて・・・私どうかしているわ。嫌な女ね・・・だから好かれないのよ、本性がいやらしいから」
「姉さん!そんな事言うんじゃないよ。純一君のことだって親身になってくれているし、母親のように懐いているのは優しさの証明だよ。麻子だって、君を羨ましく思っているし」
「私の何が羨ましいの?」
「才能と綺麗なところだよ。姉さんは弟のボクが言うのも変だけど、同じぐらいの年の誰よりも綺麗だし、才能も豊かだよ。英語だってぺらぺらだし」
「直樹だけよ、そんなに褒めてくれるのは。ありがとう、直樹が恋人だったら良かったのにね!」

杏子は本当にそう思っている。親に言えない事でも直樹には話せる。直樹は口が堅いから信用できる。直樹も自分に甘える。そんな関係が心地よい。麻子と結婚したらそれは崩れそうに強く感じている。嫉妬というより、姑の感覚になっていた。

「ねえ、私が抱いて!って言ったらどうする、直樹は?」
「はあ?どういうこと?姉さんとボクが・・・ありえないよ、困らせるなよ」
「女だぞ!触ってみろ、ほら・・・麻子さんには負けないよ」
「怒るよ!いくら姉さんでも、それ以上言ったら!冗談じゃ済まなくなるから」
「直樹!本気じゃないよ。怒らないで・・・気持ちがさっきから動揺してるの。もう言わないから、どこかでお茶でも飲みましょう。落ち着きたいから・・・」

杏子は馬鹿なことを聞いたと反省した。直樹がいいよと仮に言ってもそんなこと自分は出来ないこと知っていることなのに。夕方の涼しい風がオープンテラスのカフェを吹き抜ける。日本の夏とはぜんぜん違う気候に、気分がほぐされてゆく感じがした。