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てっしゅう
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「哀の川」 第九章 純一と杏子

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暗くなる前にホテルへ帰ろうと二人は足早に向かっていた。直樹の腕には杏子の腕が絡んでいる。直樹はそれを拒まなかった。兄弟だし、そんなこと当たり前に感じていたからだ。麻子のいるルームの前で杏子は腕組みを解きドアーをノックした。

「お帰り、直樹パパ!杏子姉さん!元気になったよ」
純一の明るい声が二人を迎えてくれた。
「本当だ!良かったね。心配してたんだよ。もう安心ね、麻子さん」
「ええ、本当に良かったわ。さっきからハンバーガー食べ出したし、もう熱も下がったようで安心できるわ」
「じゃあ、明日はみんなで周遊バスに乗ってロンドン見物しようか?今からホテルの受付で申し込んでおこう」直樹はロビーに降りて、姉と一緒に手続きをした。

直樹は受付で申し込みの手続きをしている杏子の後姿をじっと見詰めていた。この頃の姉の哀しみがその姿に映し出されているようで、なんともいえない気持ちに襲われた。これからは自分が姉の力になりたいと、それが自分に愛情を注いでくれた姉への恩返しだと思えているのだ。

「直樹!終わったわよ。明日朝8時出発、早いから夜更かししないようにしないとね!解った?あなたのことよ」
「もう、そればっかり・・・何もしないよ、すぐに寝るから・・・」
「フフフ・・・うそばっかし、したい!って顔に書いてあるわよ。あなた好きだったもの、よく自分でやってたでしょ?家でも・・・」
「何を言い出すの!見たの?昔の話しだし・・・それともあの話を蒸し返すの・・・麻子の前では言わないでよ、絶対に!」
「さあ、どうかしらね。直樹次第ね、ハハハ・・・さあ、食事に行きましょう、みんなを呼んできて」

直樹は麻子と純一を呼びに行った。ホテルから歩いて数分のところにあるチャイニーズレストランへ入り夕食を済ませた。にんにくは嫌われるので、断っていない限りギョーザには入っていないから、安心して食べられた。

純一の調子も戻り、楽しく過ごした5日間のロンドンはあっという間に過ぎて、帰る日を迎えていた。空港に向かう途中でハロッズに寄り、お土産を買った。杏子は新しくオープンする店のために、限定発売されている、ハロッズオリジナルティーを一箱買った。オープン記念でメニューに加えるアイディアだった。


ロンドンのヒースロー空港では出発の荷物検査が厳重に行われた。少し出発時間が遅れて、JAL成田行きジャンボは飛び立った。成田での荷物検査は簡単であっけなく通された。やはり平和なのだ、日本は。外国に行くと安全とか平和とか食べ物とかあらゆる習慣が違うから、ほんとうに良い経験となる。

帰ってきて、純一は自由研究のための資料を杏子と一緒に作り始めた。麻子もびっくりするようなぐらい、仲良く話し、勉強を教えてもらっている。やがて新学期が始まり、純一の自由研究はみんなの前で発表されるほど出来が良かった。このことがきっかけとなり、学校での人気も上がり、純一には何人かの仲良し友達が出来た。

東京に不況の匂いを乗せた秋風が吹き始めると麻子の実家に建設中のビルは完成を迎える日を今や遅しと待ち焦がれる状況になってきた。麻子と直樹、裕子と美津夫の合同の結婚式は身内だけで完成を前に行われた。ホテルオークラの支配人が取って置きのメニューで二組の新しい出発を祝ってくれた。直樹は神戸の父と母を呼んでいた。裕子は結婚式が終わったあと、レッスン生を呼んだダンスパーティーを開く。直樹も麻子も、杏子も美津夫もみんなで参加するお披露目パーティーなのだ。慣れていない、それぞれの御両親には若干抵抗感があったが、裕子と美津夫、麻子と直樹のダンスが始まると、大きな拍手とその見事な踊りに一気にムードが高まった。

純一と杏子は大きな拍手を二組に贈った。神戸の両親は直樹の踊りの素晴らしさに我が目を疑った。杏子に「どこで覚えたのかね」と尋ねる始末。そのはずである、二人は4月の大会で優勝したコンビなのだから。会場には新しい生徒や古くからの生徒たちが大勢参加していて、場を盛り上げてくれた。裕子の締めの言葉で、パーティーは解散し、それぞれに家路についた。神戸の両親はホテルに宿泊して翌日帰った。裕子は美津夫の住まいへ帰った。純一と杏子、直樹と麻子は大橋の紹介で近くのマンションに部屋を借りて済んでいた。このころ都内のマンションは投機目的で購入し契約で賃貸させている投資家がいた。押し寄せる不動産価格の下落がこの投資家を破滅させるのである。一億になるからといって7000万で買ったマンションが、数年で3000万に値下がりし、借り入れたお金が返せなくなって破産した個人投資家もいた。世の中はそれほど深刻な方向に進んでゆくのである。

晴れて夫婦になった直樹と麻子は翌日区役所に婚姻届を提出に行った。麻子の正式離婚からちょうど半年が経過していた。名前の欄に、斉藤直樹、山崎麻子と署名し、斉藤の姓を名乗るところに印を入れた。区役所から帰り道、大橋事務所に報告に立ち寄った。

「大橋さん、正式に入籍しました。今後ともご指導よろしくお願いします」直樹は丁寧に話した。麻子も頭を下げる。大橋には会計監査役という仕事を新会社の役員でお願いしているから、二人に関することは知らせておく必要があった。麻子も形式上は専務取締役になっており、夫婦といえども株式会社を代表する社員でもあるからだ。

お茶を出されて、歓談していると聞いた声の女性が尋ねてきた。
「こんにちわ!先生いらっしゃいますか?大橋です」
好子だった。直樹は麻子の顔を覗き込んで様子を覗った。麻子はもう気にならないのか、直樹に向かって、
「あら!好子さんの声じゃない?大橋って言ってたし・・・」
すっと立ち上がって、受付の方を見た。好子からも麻子の顔が目に入った。

「麻子さん!お久しぶりです。直樹さんもご一緒?」
直樹は仕方なく顔を出した。
「いやあ〜久しぶりですね。元気にしていました?」
「ええ、とっても。ところでお二人で何の相談なの?」
「相談じゃないよ。昨日僕たちは婚姻届を出して結婚したから、報告に来たの。好子・・・じゃない大橋さんはどうされたんですか?」
「ええ!そうだったの。おめでとう!わたしはね、今度念願のお店を開くから、その手続きをお願いしようと来たの。飲食の営業届けとかね・・・」
「そう、じゃあ、喫茶店か何か始めるの?」
「ええ、最近流行のカラオケ喫茶よ。ちょっとご縁が合って、ずっと考えてきたんだけど、自分に出来そうだから。お店始めたら、歌いに来てね。裕子に連絡しておくから」

麻子はニコニコしながら二人の会話を聞いていた。届けを出して正式に妻になった余裕だろうか、好子への嫉妬心は消えていた。