淡墨桜よ、朱となり舞い上がれ!
大輔は、自分が駆け抜けてきた時の流れと、その結果を思えば、やるせなさ感と忸怩(じくじ)たる思いがこみ上げてくる。
思い起こせば、この場でプロポーズしてから一〇年後の三月三〇日。紗智子と小学生の娘、沙織(さおり)との家族三人で、この淡墨桜を眺めた。
そしてその一〇年後の二回目、一人娘の沙織が大学生となり、きゃっきゃと騒ぐ娘を中心に、三人で春の宴を催した。
また家族三回目の三月三〇日の花見は、初孫の瑠奈(るな)が舞い散る桜の花びらをよちよちと追い掛けていた。そしてそれは女三代が集い、一番賑やかで楽しい花見だったのかも知れない。
だが、今日の四回目は大輔一人の花見となった。ベンチに腰掛け、桜が艶やかなだけに、大輔の自責の念が余計に深まってくる。
紗智子も沙織も、そして瑠奈もそこにはいない。
寂しい。
四〇年前、紗智子はこの咲き誇る淡墨桜を前にして大輔に迫ってきた。
「私の一生、墨染めでなく・・・・・・、朱染めにして。その朱染めの花吹雪で、大空へと舞い上がらせて欲しいの」と。
そして大輔は、「紗智子のためだけに、一生戦い抜いて・・・・・・。満開の桜を咲かせ、美しく青空へと、朱となり舞い上がって行けるよう頑張るよ。それを約束する、だから、紗智子さん・・・・・・僕と結婚して下さい」とプロポーズした。
大輔の頬に、一筋の男の涙が伝い落ちて行く。
そんな鬱々(うつうつ)とした気分の時に、背後から肩を指でツンと突っつかれる。
大輔はそっと後ろを振り返ってみる。しかし、誰もいない。
そしてまた・・・・・・ツンと突っつかれる。大輔は大きく振り返る。
「グランパ、どうしたの?」
そこには少女に成長した孫の瑠奈が立っていた。
「あっ瑠奈だったのか、グランパ、びっくりしたよ。さっ、こっちへおいで、一緒にお花見しよう」
大輔はいきなり可愛い孫の瑠奈が現れて、嬉しくてたまらない。
「うん」
瑠奈は素直に返事をし、大輔の横にちょこんと座った。
「ママは、どこにいるの?」
大輔は訊いてみた。
「ママはね、グランマと一緒にあっちにいるよ」
「ふーん、そうなの」
大輔は紗智子も一緒にいるのかと思い、少し緊張してきた。
作品名:淡墨桜よ、朱となり舞い上がれ! 作家名:鮎風 遊