淡墨桜よ、朱となり舞い上がれ!
大輔が紗智子にプロポーズしてから、早いもので四〇年の歳月が流れてしまった。
今日も同じく三月三〇日。
今、桜花爛漫と咲き誇る淡墨桜を目の前にして、その白の絢爛(けんらん)さに圧倒されている。
しかし、ベンチに座る大輔の横には紗智子がいない。ひとりぼっちなのだ。
大輔と紗智子は確かにあの後結婚をした。
そして大輔は、紗智子との約束通り、紗智子の幸せを実現させるために、企業戦士としてこの現代社会で戦ってきた。
しかし、それは戦い過ぎたのかも知れない。紗智子を放ったらかしにして、ただがむしゃらに走ってきただけだった。
多分紗智子は、いつも戦場の戦士と共に暮らしているようなもので、辛かったのだろう。
いやむしろ、人生の同志として、戦うことをもっと共感したかったのかも知れない。
二年前に大輔は定年となった。
そしてそれを機に、人生の同志、紗智子と袂を分かつことになってしまったのだ。
紗智子が同棲時代に言い放った言葉、「好きは永遠、生きるは有限なのよ」をやっぱり言い残し、家から出て行ってしまった。
それは・・・・・・つまり有限がゆえに、「生きる」を最優先させたかのように。
しかし、どうのこうのと理屈付けをしてみたところで、世間風に言い換えれば、熟年離婚ということなのだろう。
「紗智子のためだけに、一生戦い抜いて・・・・・・。満開の桜を咲かせ、美しく青空へと、朱となり舞い上がって行けるよう頑張るよ」
四〇年前の三月三〇日、大輔は紗智子にこう約束した。しかし、それは努力はしたが、果たせそうではない。
大輔は、いつの間にか多忙の中で、紗智子を忘れ、仕事の場で戦うこと自体が人生の目的となってしまっていたのだ。
多分紗智子にとって、そんな大輔との恋と結婚生活は、いつまで経っても蕾のようなものだったのかも知れない。
そして紗智子は、そのままで終わってしまいそうな予感がしたのだろう。
作品名:淡墨桜よ、朱となり舞い上がれ! 作家名:鮎風 遊