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淡墨桜よ、朱となり舞い上がれ!

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『深草の野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染めに咲け』

 大輔はその歌をしどろもどろとなりながら口にして、さらに補足する。
「そう詠まれた桜はね、その死の悲しみを感じ入ったのか、華やかに咲かずに、ホントに淡墨色に色を変えたんだよ」

「へえ、そうなの」
 紗智子はそう聞いて考え込んでいる。そして、しばらくして、大輔を真正面に見据え、胸の内を絞り出すようにぽつりぽつりと話し出す。

「私、嫌だわ、そんなの・・・・・・。私の人生は、桜のように艶(あで)やかで潔(いさぎよ)いものであって欲しいの。最後が淡墨(うすずみ)色じゃねえ、あまりにも寂し過ぎるわ」

 大輔は紗智子の心の呻きに似たような言葉を聞き、「ああ、そうだね」と答え返した。
 しかし紗智子は、さらに真剣な眼差しとなり、大輔を見つめてくる。そして重く言う。
「大輔さん、私の一生、墨染めでなく・・・・・・、朱染めにして。その朱染めの花吹雪で、大空へと舞い上がらせて欲しいの」

 大輔は紗智子と知り合い、紗智子を好きになった。そして、同棲のようなままごとで、この六ヶ月間を過ごしてきた。
 四月一日からは勤め人となり、競争社会へと飛び立って行くことになっている。

 このまま紗智子とずるずると、若い恋愛関係を引きずって行くわけにはいかない。紗智子への男の責任、それも充分わきまえている。
 社会人として、生活して行くことに自信が持てるようになれば、紗智子と結婚しようと思っていた。
 しかし、未だそこまでは口に出していない。

 だが紗智子は、満開に咲き誇る淡墨桜を前にして、「私の一生、墨染めでなく・・・・・・、朱染めにして。その朱染めの花吹雪で、大空へと舞い上がらせて欲しいの」と大輔に迫ってきた。