偶然のカデンツァ
ロコと私が知り合ったのは、まだ小さかったとき、英才教育を強いる親に無理矢理通わされたピアノ教室で。
色黒でやせっぽちな彼女は神童と呼ばれるほどのピアノの天才だった。
彼女の唯一の友達はピアノと私だけ。
私は彼女の傲慢ともいえる態度に憧れていた。自分の腕を謙遜しない、その堂々さが好きだった。
結局、私もロコもピアノの道へは進まなかったけれど。私は久しぶりに埃かぶったグランドピアノを開ける。
懐かしく愛しい音だった。
流れ込むように、彼女との思い出がよみがえる。まるで昨日のことのようだ。
まるでロコが生きているようだ。まるで、今ここにいるようで・・・
だから、私が造り出した方のロコが部屋に立っているのに気づいたときは心底驚いたのだった。
動揺がばれないよう、わたしは至って気にしないふりを続けた。
「その。なんですか・・・それ」
「えっと、ピアノ?」
「はい。なんだかとても懐かしい・・・」
そしてロコはピアノに触れると、すごい勢いで連弾を始めた。それを呆然と見続けるしかない。
これは偶然か。遺伝子が起こしたいたずらか。
別人だと認めようとする私を、こうして戸惑わせていくのだった。
「あなたはロコなの、それとも別の誰かなの」
自分の口調が途方に暮れていてとても惨めだった。ロコは指を止めると、不思議そうに首をかしげる。
「エルザ様は、私と誰を重ねてらっしゃるのですか」
「私はただ、親友と・・・ロコと別れたくなかっただけ」
もう、この惨めな気持ちは止まらなかった。
「ねぇロコ、どうしてあなたは死んでしまったの?私を一人にして、あなたとよく似たものにすがらないといけない私はどうすればいいの、ねぇ・・・」
あまりにもロコと似ていて、あまりにも違うから、それは誰も報われない結果となってしまった。
彼女は初めて自分の生まれた意味に気づき、申し訳なさそうに目を伏せた。
「申し訳ございません」
謝らなくなっていいのに。
ロコはもういないのに。
「私を壊したいなら、そうしてください。私はエルザ様の希望を叶えられなかった」
創造主は私だから、生きるも殺すも自由だと、ロコは言った。全くその通りだ。
よってこのまがいものは、一刻も早く破壊した方が良い。
しかし、私はそれが出来なかったのだ。
自分でも、理由がわからない。
ただ知らないうちに、まがいものを受け入れ始めているという事実に気づいただけだった。