偶然のカデンツァ
「ロコなのね?」
掠れた声で、私は親友の名を呼んだ。
造られたばかり、否、生まれ変わったばかりの彼女はまだ寝ぼけているようだった。
私は強く、彼女を抱き寄せる。
生前となんら変わりない女だ。私の、親友だ。ボーイッシュな彼女によく似合った短い髪も、生意気そうな黒い瞳も全部、私の知っているロコだった。
なのに、
「エルザ様?」
様?
「何を言ってるの?昔みたいにエルザって呼んでよ。」
「それは出来ません。私は・・・エルザ様に仕える者なので」
それはロコの姿をした、ただのお手伝いロボットだった。プログラムのミスが原因で、私の尊敬する勝気な親友はどこかへいってしまったのだ。
「ロコでしょ?ねえ、そうだって言ってよ」
「エルザ様」
彼女は何があっても、呼んでくれなかった。
私の知っているロコは、大胆で憎めない奴で、どこか繊細で。しかしこの女は違う。しょっちゅうミスしては泣いてばかりの落ちこぼれロボットだ。私の設定が未熟だからだろうか。呼び捨てを強要すると大抵ショートした。
さて、いつゴミ箱に放り込むか迷ったものだった。
私は更なる成果を残すために再び研究に没頭した。
ロコの姿をしたこの女に対してはずいぶん強く当たった。この女は理不尽なことで怒られてもびくびくするばかりでちっとも言い返さなかった。それが余計苛立った。
怒鳴るたび、ロコは悲しそうに部屋の隅に腰を下ろす。その被害者ぶった顔に腹が立つ。
本当のロコは敬語なんて使わない。相手がいくら年上でも間違ったことをしているとすぐに噛み付く。
この場合、間違っているのはどう考えても私なのに、この馬鹿女は従うだけだ。
研究はちっとも進まなかった。こいつよりも有能な手伝いが出来次第、一刻も早くこの女をスクラップにしようと思ったがそれすら出来ない。
頭を抱える私に、ミルクが差し出された。
「エルザ様。最近は徹夜ばかりですよね。少し体を休めてはどうですか」
おどおどと話す彼女に、私は熱々のミルクをかけた。
「私が頼んだのはコーヒーよ。あなたって本当に役立たずね」
研究が進まない苛立ちもあって、私はロコに冷たく言い捨てる。
ロコの大きな瞳は涙でいっぱいになる。ロコの姿でそんな顔をしないでほしい。
「あなたってロコにちっとも似てない」
私は更に続ける。
「弱虫で役立たずで無能な女。本当にロコの遺伝子を引き継いでるのかしら。あなたをいつスクラップにするか楽しみなくらいよ」
「わ、私はエルザ様のお役に・・・」
「あなたが死んでくれれば、それが一番役に立つわ」
こいつは真っ赤な顔をして研究室から走り去っていった。中途半端に感情を持っているロボットほど面倒なものはない。悲劇のヒロインぶってなんだというのだ。
私は必死に目を閉じて興奮と罪悪感をかき消そうとした。
それから数日、私は研究室に引きこもり、誰とも口を利かない日々が続いた。
三日目、やけに体が重く、頭もうまくまわらなかった。科学者をしている以上こういうことはよくあったが、今回は重症だ。
少し仮眠をとろうと思い、目を閉じるとたちまち深い眠りに落ちていった。