転罰少女と×点少年
「これ、配っておいてくれるかな。日本史の課題、A組のもチェック終わったから」
……仕事は相当できたりするから、始末に負えないのだ。
(4)
面倒な物を押しつけられた……。
が、そんな態度を表に出すわけにはいかないので、階段を上りながら、とりあえずいつも通りの表情をつくって課題の冊子束を運ぶ。一クラス分と侮る無かれ、一人につき厚さ1センチの問題集を課した場合、運ぶ人間は40センチ台の紙の塊を運ぶことになる。
思っているより、ずっしりくる。
まさか本当に配布物があったなんてな……学期はじめの朝から……。ヤツがいてくれたら、こんな物簡単にカタが付くんだがなあ。
「誰かがオレを呼んでいるような気がするが、気のせいか?」
「わああああああ!」
エスパーに肩を掴まれた! じゃない! 落ち着け、……落ち着け、クールになれ俺。
「生徒会長がこんな時間に来てもいいのかよ、おい……」
眉根を寄せて、振り返る。
そこには、登校時刻をとっくに超えていることなど意に介してない、生徒会長、獅子豪謳歌の姿があった。
「いやまったく、その通りだとは思うんだがなぁ、なんか正門から入ろうとしたらもう扉が閉まっててな、仕方なく裏に回っていたら遅れてしまった!」
「そのギャグは、わかっててやってるんだよな?」
「おう!」
はっはっはっ、と猛々しく笑う。滅茶苦茶な野郎だ。
「どうした朝から怪訝な顔で? 朝飯食ってないのか? 飴ちゃんがポケットに詰まっているが、どうだ?」
獅子豪はじゃらっと音を立てて(!?)ズボンから多量の飴を取り出す。
「……生徒会長がこんなモノ持ってきてもいいのかよ、おい……」
「破っても誰も困らん規則なら、別に気にすることもないだろう。むしろ飴ちゃん貰ったら、嬉しいだろう?」
「子供かよ……」
飴の山から一つ手に取った。グレープ味だった。
口には入れず、ポケットへ仕舞う。
「っと、そういやぁお前、なんか重そうなモノ持ってやがるな」
さっきは俺の心を読んだのかと勘ぐったが、コイツはどうも適当言ってただけらしい。
「ん、ああ。そうだな……保健室に行こうとして三日村のとこまで連絡しに行ったんだが、そのまま用事を請け負ってしまった……」
「おお! 体調不良をものともせず、朝からクラスの為に働く。流石、オレの生徒会の書記だ! よし、俺が運んどこう」
けっこう矛盾のあるハッタリをかました、と後悔したものだが、案外あっさり信じてくれた。
ヤツはどれ、と飴を持っていない方の手を、冊子の束に伸ばしてくる。そして軽々しく片手で抱え上げ、階段を何度か上って言う。
「オレらのクラスへ運べばいいんだな?」
「あ? んなの当たり前だろ……」
「おうし、わかった」
「じゃ、俺、保健室行くから。あ、先生にとかみんなには、保健室に行ってるって連絡しててくれ」
「諒解だ。大事にな!」
とりあえず正門が閉まってるという情報を得たのは大きな収穫だ。全校集会を合法的に抜け出す方法も確保できたし、後は裏門を張るだけだな。
階段を下る俺に、上から獅子豪が声をかける。
「遊ー!」
「なんなんだ一体?」
「受け取れー!」
何かが投げ込まれてくる。無造作に上げた手に吸い込まれるように、それは落ちてきた。
金粉入りの飴玉だった。
「保健の先生と、うまくやれよー!」
……何か勘違いをしているようだ。
なぜだかわからんが、ヤツは俺に対して、相棒のように接してくる。的外れな対応がほとんどだかな。あんなヤツ、相棒にはほど遠いね。
俺は一階にたどり着くと、保健室を通り過ぎて下駄箱へと向かった。
ああ――今から本格的に、赤月霞について語らねばならない。
俺としては、こんな生涯最高の屈辱は、思い返すだけでのたうち回りそうなのだが、それでも話さないわけにはいかないだろう。
全国の男達よ、聞いてくれ。出来れば女子も聞いてほしい。
誰でも知ってるようなことを、何ヶ月もかけて思い知らされることになる、俺が一番アホだった時の話を。
「俺は2年A組の兎塚 遊。君と同じクラスになるみたいなんだ。これからよろしく」
「嫌よ」
…………………………………………………………。
「じゃあ」
そっけなく言い切り、赤月は横を通り過ぎていく。その動きに感情は無かった。
結論を言ってしまえば。
転校生、赤月霞は、女神のような完璧な造形で。
裏門で出会い3秒でアプローチをしかけ。
見事、フられた。
…………この俺が?
「なあ」
裏の玄関に向かって歩く赤月を呼び止めた。
「何? こんなところをほっつき歩いてるなんて、あなた何なの? 今は全校朝会中だって聞いたけど」
止まらなかった。こちらを振り返ることもなく、玄関までの道を淡々と行く。
ガラスみたいに透明で、澄んだ声だけがこちらに向けられていた。
誰もが美しいと思うものは、必然的に個性が消えていく。こいつの声は、それほどの美のレベルに達していた。
……いや単に俺に冷たいだけかも知れねえ。
「退屈だったから抜け出したんだ」
「――そう――。じゃあ、ここをうろついてたのは?」
「それは、」
ここで、赤月は立ち止まる。長い黒髪が揺れてなびいて、夏の日差しによく映えた。
改めて、顔をまともに見ることになるが――。
やはり、芸術品めいた造りだ。一切の不規則生が無いのに、どこまでも自然に、その理不尽なまでに整った顔の存在は主張されている。顔だけではない。頭からつま先に至るまで、古代の魔法使いが呪文をかけて作り上げたような、そんな神秘的な均整と、近づくことすら許されないような神々しさを備えていた。
その最たるものは、眼だ。
薄く、微かに赤色が混じっていて、そこに惹きつけられる。このまま石になってもおかしくないような――彼女の薄茜色の瞳には、そんな魔力が宿っているように感じた。
そしてその眼が俺を捕らえて、俺の台詞を――いや、これは、言おうとは思わなかったわけだから――思考を読んで、無機質にこう質問した。
「『転校生に会えるかもしれないと思って』?」
「っ、……そうそう。美人の転校生が来るー、なんていって、結構有名になってたからね」
できるだけ余裕をもって、軽い調子で答えた。
「そして会ってみるなりコナをかけて来るわけ?」
「いや……フツーに挨拶しただけじゃん」
「『何言ってんだ? この女』」
「…………! 人聞きがわるいなあ、そんなこと思ってないって」
「――理解できてる? 心が読めていること。あなたがどうして集会を抜け出してきたか、そしてなぜ私に声を掛けたか、私にはわかるのよ」
なんなんだこの電波な女は。
外見は最上だけど、言動が終わってるな。まあ、でもそれくらいはいい。
「うわ、マジかよ。心読まれてるんだったら、いろいろ恥ずいこともわかっちゃうのかー」
「ええ、もちろんよ兎塚君。あなたが顔貌の良さでしか人を見られないことも、出会った女の子には外見でランク付けしていることも、手当たり次第に女の子に声を掛けていることも、全部わかったから安心して」
「 」
さすがに、閉口した。