柊生さんとぼく
01
「おーい、かーみづっ!」
聞きなれた級友の声が僕を呼ぶので反射的に振り返る。
「なんっ…うわっ!?」
カシャッ。
振り向きざまに、安っぽいシャッター音がした。あまりにも突然で、フラッシュのまぶしさに瞬きする暇もない。
「うへへ神津の写真ゲットォ!」
快活な笑顔でインスタントカメラを両手で掲げる男子生徒。僕はまったく状況が飲み込めない。
まぁ、写真を撮られたということは分かるのだが。
クラスメイトの男の写真を撮って何が楽しいのだろう。いや、まず学校にインスタントカメラなど――イベントごとでもない平日に――持ち込んでいいはずがない。
「何喜んでるんだよ気持ち悪いな…遊んでないで掃除しろよ木村」
遊んでねーよっ、と再びカメラを構えてニヤニヤする木村に自分の持っていた外掃き用の竹箒を突きつける。
新入生を迎えたばかりの春の日差しうららかなきょうび、遊びたくなる気持ちも分からないではないが、一応僕らは今年で最高学年なのだから、下級生の見本となるような行動を心がけるべきだ……なんて先日校長が始業式の挨拶で述べていたことを若干引用させてもらった。
それを口にするより先に、背後から僕を援護するように数名の女子の声があがる。
「そうよ、木村、遊んでないで掃除しなさいよぉ!」
「神津くんばっかりやらせてんじゃないわよ!」
「うるせぇ、なんだよお前らみんな神津の味方しやがって!」
僕の後ろには先刻まで下駄箱の前で談笑に興じていたはずの女子が4人ほどいた。仲良く固まって数の暴力で木村を責める。
女子特有の数の武装は敵に回すと本当に怖いからな……。さすがに圧倒的不利な木村が可哀想になったので、僕は苦笑交じりにカメラを握り締める奴にも弁解のチャンスを作ってやることにした。
「いや、ていうか、なんでお前カメラなんか持ってんだ?」
「アレッ、神津お前忘れたの?俺はアルバム委員さまさまだぜ?」
「アルバム委員?」
「卒業アルバムのクラスのページ担当なの、俺。みんなの写真をとりまくってそれを切り貼りして思い出の一ページを作るお手伝いを任じられたのだよ」
とかなんとか胸を張って誇らしげに言う木村。後ろから女子が、どうせ千晶に頼まれて調子に乗って引き受けただけでしょ、と刺々しい野次が飛んだ。
千晶というのは、おそらく青島千晶のことだろう。わがクラスの女子の学級委員長で、育ちのよさがにじみ出る清楚な容姿がクラス学年を問わず男子からの人気が高く、さらに面倒見のよさと誰にでも分け隔てない対応から女子にも支持されている。まぁいわゆる絵に描いたような学年のマドンナってやつだ。
なるほど木村のこの通りお調子者な性格を考慮するなら、何を言われてこんな浮かれ調子なのか容易に想像できる。
「あっ、なんだ神津その顔!」
「いや、なんでもないよ」
「嘘つけ、今絶対俺のこと馬鹿にしてただろっ!」
してないって、と笑いながら否定。木村はなおも食い下がりたそうな顔をしていたが、めずらしく言葉を収めて再びカメラを構えたまま、ずいずいと接近してきた。
「ここで神津に突撃インタビュー!」
「なんだよ…」
「うっわ、木村気持ち悪いよぉ」
きゃははは、と甲高い哄笑があがる。お前らには聞いてねーっと律儀に返す木村も木村だ。
「さて転校してきて1年になりますが、神津恭介くんが思うわが中学のいいところ、見所はなんでしょーか!?」
「はぁ?なんでそんなこと聞くんだ?」
「なんかよ、卒アルの付録ページでわが中学のいいところとか見所を紹介したいんだと。ついでに聞いてきてって言われてさ」
「へぇ…いいところ、見所、ねぇ…」
言葉を返すようだが。転校してきて1年になる僕に聞くのはあまり得策とは思えない。やや首を捻って考えて、思いつくことを羅列してみる。
「うーん…三年の修学旅行が京阪神方面行きの三泊四日旅行とか、中学校なのに学園祭が3日間に渡って開催されるとか、進学率がここらへんの中学で一番とか…先日わが校の女子生徒が相次いで惨殺されたとか…」
「いやいやいや、最後のいいところじゃなくね…?」
それもそうだ。
不意に後ろで華やかな空気を醸していた女子の雰囲気が変わった。
……こんなに身近じゃ、さすがに他人事とは思えない、か。
二週間前に郊外の山中で発見された両腕のない遺体を皮切りに始まった、女子中学生連続惨殺事件。
最初の子を含め、すでに被害者は4人に上っていて、しかも4人とも市内の中高生。そして皆体の一部が発見されていない。最初の子は手首以外の腕、二人目はふとももから下の足、三人目が下腹部で、四人目は臓器。さらに悪いことには、三人目からは遺体の損壊状況が激しくなっているらしい。噂では三人目は六等分、四人目は六に二をかけて十二等分だったそうだ。
当然2人の被害者を出しているわが中学には連日警察が出入りして、嫌な賑わい方をしていた。
「同じ市内にそんな変態がまだ生きてると思うと超怖いよねぇ」
「うんうん、早くつかまれって感じだし…!」
「警察ちゃんと仕事してんのかなぁ」
「ゼーキン払ってんだからちゃんと働けぇゼーキンドロボー!」
しかしそんな深刻さは一瞬で、重い空気を吹き飛ばすように彼女たちは不自然なほどけらけらと笑った。
「つーか、うちの学校のいいところって神津くんだよねー」
「あ、わかるー!私もそう思うー!」
「…は?」
僕が黙っている間に、話はどんどん転がっていく。木村のカメラはすっかり女子の方へ向いていた。
「お、なんだよそれ神津がいいとこって」
「だってぇ、神津くんカッコいいし優しいし、勉強もできるし、スポーツも何でも出来るし、それに帰国子女でえーと、どっかの国とのハーフでしょ?」
「なんかこう、遠くにいても普通の男子とぜんっぜん違うよねー!」
「そうそう、輝いてるっていうかー、一瞬で分かる!」
きゃはは、とまた間に哄笑。箸が転げてもおかしい年頃なのだろうか。僭越ながらそんな評価をいただいた僕は、苦笑しながらそんなことないよ、と返しておいた。
「ハーフでも別に金髪ってわけじゃないしさ」
正確にどうだかは知らないが、お世辞にも西洋人らしいとはいえない顔だと自負しているし、さらに残念なことには僕は母親譲りの黒髪だ。まぁ、父親の髪の色が何色だったかはよく覚えていないが。
「でも目の色がみんなと違うしねぇ」
「うんうん、超カッコいいー!」
「はは…そりゃどうも…」
そもそも僕はこの帰国子女という評価には前々から違和感を覚えていた。
この15年換算するならたしかに日本で暮らした年月のほうが長いわけだが、どちらが自分の母国という意識をもったことがないのだ。名前だって今のところ神津恭介なんて母方に倣って名乗っているが、パスポートに記載されている名前はこれではないし。
それを言ったところでどうにかなるわけではないし、更にいらぬ評価を貰いそうだったので口にしなかった。
木村が、結局みんな神津神津かよー!と呆れ気味にカメラを下ろした。
と、不意に昇降口を塞ぐような形でそんな談笑をしていた僕らの間に、蚊の鳴くような小さな声が割って入る。
「あの…ちょっと、ごめん」