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はぎたにはぎや
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novelistID. 3351
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柊生さんとぼく

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「ね、神津くん、私と付き合って」
ころされたくなければ。
僕にはその言葉が、ころされたければ、に、聞こえた。
あはは。
どうも自分が思ってる以上に心が電気分解してるらしいね、まったく。そんなに繊細に育ったつもりも繊細な心を持って生まれたつもりもなかったんだけれど。
でもどうしようもなくこの一刹那、僕は彼女に魅了されていた。
容易く死を跪かせて従え、躊躇いなく死を蹂躙する彼女に。
「……僕さ、そのうち向こうに、父方の家に帰らなきゃいけなくてね。家の事情で行ったっきり帰る目処がたたなくなるんだ。まぁ、それがいつになるかは分からないんだけど。しかも、父が用意した婚約者っていうのが、むこうにいてね。僕は大人になったらその人と結婚しなくちゃいけない」
「うん」
「君が望むように傍にいれるのは限られた時間だけど、それでもいいんなら」
「うん」
「僕は、いいよ」
彼女はゆるゆるとうなずいてみせる。
そしてふにゃりと笑って―――突然僕に抱きついてきた。
「わぁい!ありがとー神津くん!大好きっ!」
「うおっ!?」
資料集を片手にしたまま、思わぬ先制攻撃に寝不足の体が対応しきれず、僕は柊生さんをひっつけたまま後方に倒れた。
腕や持っていた資料集がぶつかってがたがたがらがらと何かがたくさん崩れた。壁に据え付けられた棚へ背中を強かに打ち付ける。目が覚める痛さとは文字通りこのことだ。埃が目に見えて宙を舞った。
「むぎゅー!」
「う、うわ、あ、あの、ちょっ、ちょっと柊生さんっ」
脇の下に腕を通して背中をしっかりと僕を抱きしめる彼女。僕の肩に顔をすりつけて、ぎゅうぎゅうと、性差や思春期特有の恥じらいを飛び越えてはっきり愛情を示してくる。
いや、あの、恥じらい、大事なんですよ。
彼女が全力でむぎゅーっとか言ってるから、発育状況の著しい体のある部分が、ですね、むにむにと。そう、むにむに、とね……。うん、大きさに比例して申し分ない柔らかさです。比較対象がないから正確にはいえないが、ほんとに同い年の中学生のスタイルか……?どうも着やせするタイプみたいですよ、彼女。
いやいやいやいやいや、そんなことを分析してる場合じゃないだろう僕。
「なぁに神津くん?」
「せ、背中痛いから、ちょっと、離れてくれるかなっ……」
なおもくっつこうとする彼女を半ば無理矢理引き剥がした。彼女はぷくっと頬を膨らませて、僕を可愛く睨んでいる。どんなに譲歩してもさっき理科室で殺人的な視線を投げてきた子とは別人だ。
僕が一息つく間に、不機嫌そうだった彼女はくるりと表情を一八〇度転換させていた。
「あ、そーだ!神津くんって呼びにくいから、下の名前で呼びたいな!」
「別にいいけど…」
そういえば僕も大概名字が珍しいからか、あんまり人に名前で呼ばれたことないな。
「おうちではなんて呼ばれてるの?」
「え…えーと、恭介くんとか、恭介とか、……恭介さんとか」
最後の呼称だけは選択しないことを祈りながら。
あー、あと一応坊ちゃんとも呼ばれて……まぁこれは言わなくていいか。うざいし。
「恭介くん…んー、じゃあ私きょーくんって呼びたい!いい?」
「いいよ……」
きょーくんとはまた新しい。
わぁいきょーくんありがとーっと嬉しそうに彼女は顔を肩にすりつけてきた。そして何度も口内できょーくん、きょーくんと僕の新しい愛称を魔法の呪文みたいに唱えている。なんだか犬にマーキングされる電信柱のような気持ちになった。
さて、僕はこれで強固なセキュリティを突破する資格を手に入れたわけだ。ならばそれを有効活用しない手はない。
「で、さ。柊生さん」
「なぁに、きょーくん」
ニコニコと上機嫌な彼女がこれ以上接近しないように肩を押さえて……いや、肩を押さえても十分顔が近いんですが。
とりあえず、セキュリティ突破といきますか。
「昨日のあれ、君が殺したの?」
「ううん。落ちてたから壊しただけ」
「落ちてたって……死体が?」
「うん!」
元気よく返事されても困る。死体が道端に空き缶同等で落ちてるなんて世知辛い世の中になったもんだ……。
「その落ちてた死体って、初めから手首がなかった?」
「うん、なかった!」
「……じゃあ君なんで壊したの?」
彼女はにこっと、それはそれは愛くるしい笑顔を浮かべた。
「可哀想だから」
すっぽり抜け落ちた記憶の泉から、彼女が見せたあの慈悲深い瞳だけが切り抜かれて浮かんでくる。
「三人目の子はお腹から太ももくらいまでないまま落ちてて、四人目の子はお腹が裂けていろいろはみ出したまま落ちててね、なんか可哀想だったから壊してあげたんだよ」
「壊すのは……可哀想じゃないの?」
「なんで壊すのが可哀想なの?」
きょとんと、まるで僕が誤りであるかのような顔された。一瞬本当に自分がまたへんなことを口にしたのではないかと錯覚する。
…………僕が生きているこの世界では、僕のほうが圧倒的に正しいはずだ。
「だって……死体を壊すなんて、そりゃ死んだ人に失礼、でしょ…?」
「なんで失礼なの?死体はもうその人じゃないんだよ?生きてないんだから、ただのものじゃない。鼻かんだ後のティッシュみたいなもんだよ。きょーくんは鼻をかんだ後のティッシュ大事にとっておくの?」
「そんなことはしないけど……」
「ゴミ箱にすてるでしょ?捨てる前に千切ったりして遊んでも、別に困ることないし」
「……まぁ」
片付けるのが大変になるだけで、まぁ、千切ったりして遊んでも別に困ることはないだろうが。
「中途半端な壊れ方で可哀想だったから、私が綺麗に壊してあげたんだよ」
「君には人間がティッシュと同レベルなの?」
「うーん、正確に言うと人間じゃなくて、『他人』がティッシュ以下かな」
だってきょーくんも人間だもんね、と彼女は笑う。
じゃあ彼女を取り巻く周囲の人々は、彼女にとってティッシュ以下の存在だという。鼻すらかめない、無意味な存在。ゴミクズ同然。
「私、他人って大嫌い」
「どうして?」
「うるさいから。汚いから。うっとおしいから。ざわざわして耳障りだし、触られるとそこから腐るみたいだし、いっぱいいすぎて吐き気がする」
真っ黒な、黒目がちな大きな瞳に僕が写りこんでいるのが見えた。何もかも見透かされてしまいそうな気がして、ふと怖くなる。
「でも死体は静かだし、触られることもないし、数も少ないから、まだ可哀想って思えるんだよ」
私優しいでしょ、とでもいいたそうな顔だ。
「……じゃあ君、あんな夜中にわざわざ死体を壊しに出かけてるわけ?」
「違うよ。ほんとはね、ああやって中途半端な死体を作ってる誰かさんを探してるの」
「探して、どうするの?」
「殺すの」
「どうして」
「イライラするから」
イライラするから殺人犯を殺す、と彼女はそういった。
同じ笑顔のまま、言葉は重なっていく。
「あのね、まだ、普通に生活してて、こうやって学校に来て授業を受けて、町を歩いて買い物して、そうやって他人と生きていくのは、まだ我慢できるんだよ」
それでも十分彼女の息をつめるのには値するらしいけれど。
「でも、他人を中途半端なやり方で殺して、神様みたいに偉そうにしてる他人は我慢できないから」
傲慢な他人が繊細で敏感な彼女には刃物になるらしい。
作品名:柊生さんとぼく 作家名:はぎたにはぎや