柊生さんとぼく
そんなことより、僕は今生命の危機と青春の一ページを同時に味わってるらしい。昨日のことを思うと殺すというのも本気っぽいし、今向かい合った彼女の瞳を見ればどうも男女交際を求めてくるのも本気っぽい。そこに根ざす感情が愛情なのかは別としても。
なかなかできない経験をどうもありがとう柊生さん。
……しかしこれ誰がどう聞いても脅迫だよな。
「……なんで僕にそんなこと……口封じのつもり?」
「ううん。口封じするなら、昨日殺してる」
「じゃあなん、」
で、と口にしかけて呑み込んだ。柊生さんの後ろから、見知った影が生えたから。
「ねぇ、二人とも」
柊生さんの肩口からひょいっと顔を覗かせるようにして、青島さんが現れた。
清楚な顔立ちに前髪を大きく分けて額を出したショートカットが爽やかでよく似合う。いかにも運動部って感じだ。そういえば彼女の部活はなんだっただろう、テニス部かな、なんてどうでもいい疑問が横切った。
彼女はにっこりと人好きのする笑顔で僕らを見比べる。
……ひょっとして、今の会話全部聞いてたんだろうか。
「何かな、青島さん」
僕は緊張を気取られないように平静を装う。柊生さんを横目で確認すると、彼女は先ほどまでの明るい雰囲気をすっかり引っ込めて、いつもの無表情に武装して拒絶オーラを放っていた。じっと青島さんを睨むように―――あるいは一世一代の告白を邪魔されて本当に睨んでいるのかもしれない―――見つめている。
青島さんはそんな視線をものともせず、相変わらず爽やかな笑みでちらりと教室の前方、黒板の上にひっかけてある時計を一瞥した。
「もうすぐ一時間目始まっちゃうんだけど……移動しないの?」
「えっ!?」
そこで初めて僕は時計を見た。一時間目が始まるまであと2分。うちの教室の時計は残念ながら、遅くも早くもない。
「う、うわっやばっ」
慌てて引き出しから理科の教科書類を引っ張り出した。柊生さんはそんな僕に無表情のまま一度冷めた視線をくれてから、何もいわずさっさと教室を離れてしまった。
なんだ、返事するまではその拒絶気味な態度を貫くのか。
対して青島さんは別段仲のいいわけでもない僕を待っていてくれた。小さな声で早く早く、と急かしすらかけてくる。
やぶれかぶれで必要なものをそろえ、僕は青島さんと一緒に教室を飛び出した。