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はぎたにはぎや
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柊生さんとぼく

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03


間抜けなチャイム音が頭上から降ってくる。それと同時に青島さんが号令をかけた。
……ごめんなさい青島さん、僕は今日立てないみたいです。
担任教師にも隣席の同級生にも、もちろん青島さんにも咎められず―――というかたぶん気づかれず―――僕は終始机に突っ伏したまま、今朝連続女子中学生猟奇殺害事件の5人目の被害者が発見されたからいつも以上に注意するように、というそれ以外には内容のない朝礼を済ませてしまった。
教室後方の席で僕の隣近所が背の高い奴らばっかりだったことを感謝したことは後にも先にもこのときだけだろう。
頭の内側からかなづちでガンガン叩かれるみたいに痛くて、とてもじゃないが起きれない。今朝朝食をとったとき翠叔母さんに顔色が悪くて心配されたくらいだ。ついでにディートにも、昨夜はお楽しみでしたか、坊ちゃん水臭いですよ、とわけのわからないことを言われてしまった。あいつ一生黙ればいいのに。
そういうわけだから、いっそ保健室で休ませて貰うか、早退するかしたいところ。
しかしどちらにせよ動かなければ始まらない。
一時間目は理科だから、理科室に移動しなければならないのだが。なんでよりによってこんなときに移動教室なんか……。
今朝のニュースを見たやつらが、二中の女子らしいぜ、怖いよなー、と他人事で話をしているのを耳にしながらも僕は動かない。……いや、動けない。
僕の体調不良の原因は分かっている。まず間違いなく、昨日一睡もできなかったことによる疲労。だからたぶん、保健室に行って午前中寝かせてもらえば、昼には回復できているはずなのだが……。
結局あの後、僕がどうしたのかよく覚えていない。なんとなく家に帰って、織也さんを追い返して、横になったはいいが一睡もしていないということは思い出せる。だが細部はまったく思い出せない。まるでそこだけなかったことのように。
アルコールに酔ったような陶酔感から目覚めてみると、あれは同級生とバラバラ死体という、異常な光景でしかないわけで。しかも、その同級生がひょっとしたら犯人かもしれないわけで。
今朝のニュースによれば、今度は手首が発見されなかったらしい。ただ死体の損壊状態が激しすぎて消えた部位の特定が遅れたそうだ。警察は何をしてるんだまったく。
そういえば柊生さんはどうしているんだろう。あんなことがあったのに、学校に来ているんだろうか。それともさすがに休んでいるんだろうか。
あまり名前も呼んだことのない同級生の顔を思い浮かべていると、突然つむじをつつかれた。
しかも結構強めに、びしびしと。明らかに面白がっている。
「なんだよ…?」
頭痛がする頭にその攻撃は想像以上に不快だった。僕は不快感を隠しもせず、突っ伏した顔をぬるぬると起こした。
「神津くん、おはよう」
今にも閉まりそうな僕の瞼を無理矢理こじ開けるには、その一言で十分な火力だった。
電流でも流されたみたいに、僕の全身の細胞が唐突に活性化した。活性化した細胞に合わせてだらけきっていた体が、天井から吊るされたみたいに引き伸ばされる。
頭痛を忘れるほどの衝撃が脳天を貫いた。
「ひ、いらぎ、さん」
彼女がいた。
柊生令。
僕の同級生。黒髪が腰まである、落ち着いた雰囲気の綺麗な女の子。
月を背後に死を従え、五人目の屍を蹂躙していた女の子。
そんな女の子が、理科の教科書とノート、ペンケースを胸に抱き、僕の目の前に立っている。
「ちゃんと起立しなきゃだめだよ」
「あ、は…はは…いやぁ、眠くて、さ」
昨日までの拒絶オーラが嘘のように、あたかも彼女はずっと昔から僕の友人だったかのようなフランクな口調で話しかけてくる。僕も釣られて、幾分ぎくしゃくはしているが、ついそんな調子で返事をしてしまう。
綺麗な顔を心配そうにしかめて、ずいっと彼女は僕に顔を寄せる。
「ほんとだ、すごいクマ……昨日は寝てないの?」
「えっ、ああ、えっと、…うん……」
長い髪のプロテクトがない上、近くで見ると彼女が本当にすっきりと整った顔立ちだというのが嫌でも分かる。おまけに肌はきめ細かくて、触ると尋常でなく滑らかそうだった。なんとなくひんやりしてそうだな、と思う。
「眠れなかったんだ?」
「そりゃあ、ねぇ」
あれでぐっすり眠れるほうがどうかしてると思いますよ、ほんとに。
彼女は、少し楽しそうに僕を覗き込んだ。
「私のことが気になって眠れなかった?」
「えっ、何その言い方…」
「そうなんでしょ?」
「いや、まぁ…うん…」
間違ってはいないが、その、言い方が。
「知りたい?」
わたしのこと。
挑むような微笑。学校でこんな顔をする彼女を他の誰かに見られていないか、何故か僕はドキドキしてしまった。別に彼女がどこでどんな顔をしようと自由だろう。
それをごまかすように、眼球だけをそらして彼女を視界の端に追いやる。
「……知りたくない、って言えば嘘になるね」
「あ、知りたいんだ!」
ぱっと、彼女は心底嬉しそうに無邪気に笑うから、僕は再び彼女を視界の中心に持ってきてしまう。
そしてその笑顔のまま、彼女は何気なく言葉を紡ぐ。
「じゃあさじゃあさ、神津くんさ」
「うん?」
「殺されたくなかったら私と付き合って」
…………………えーと。
今、僕は、何を言われたんですかね。
およそ十五年の人生経験に検索をかけてみたところ思い当たるものが二件ヒットしましたが、果たしてこれはどちらに分類されるのでしょうかね。
とりあえず、前半に主眼を置いてみますと。
「…………なにそれ、キョーハク?」
「コクハク」
「あー、コクハク」
コクハク。
酷薄。
変換ミス。
刻薄。
変換ミス。
告白。
そうそうこれこれ。
…………告白?
え?
「告白?」
「そうだよ、告白」
「…えっ…?じゃあ今君、Ich liebe Sie.って言ったの?」
「い…?なに…?」
おお。混乱のあまり僕のもうひとつの母国語が出てしまいましたよ。
「Ich liebe Sie!Je vous aime!Io L'amo!Lo amo!Eu o senhor amo!我愛?!I love you!」
知ってる限りの言語で表現してみましたが、どれか柊生さんにピンとくるものがあったみたいで、彼女は笑顔でうなずいた。
「うん、そうそう。そういう意味の告白だよ。らぶみーいふゆーどんとうぉんととぅーきる!」
そんな告白聞いたことない。
いやいやいや。
聞いたことないから、そんな告白。
むしろ脅迫だよ、それは。
「……えーと、これ、断ったら僕殺されちゃうわけ?」
「うん!今すぐ殺す!神津くんは何等分がいい?」
この前は六に二をかけて十二だったから、十二に二をかけて二十四にしちゃおうか、と彼女は悪戯っぽく笑った。いやいや、二十四ってどこをどんな風に切り分けるんだ。ほとんどミンチじゃないか。
その口ぶりからすると、どうやら件の事件の三人目四人目も彼女が一枚噛んでいるようだった。……しかし六に二をかけて十二はほんとだったんだな。適当に考えてたのに。
作品名:柊生さんとぼく 作家名:はぎたにはぎや