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Twinkle Tremble Tinseltown 2

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meet Grolia



 溺れる直前で眼が醒めた。瞼を開けた途端ランダムに選ばれた夢の断片が白い天井へ消えていくのをはっきりと感じ、冷や汗が止まらない。残った部分だけでも恐怖を感じるには十分だった。つるはし。長い髪。そして闇。栄光(グロリア)と程遠いどん底の世界。暗黒などには怯む必要もなかった。見えなくてもどこに落ちるかは分かる。知っているのに手をこまねいているだけしかないという事実が、何よりも恐ろしかった。


 コックを捻りシャワーを止める。体を流れ落ちた最後の水滴たちが排水溝へ流れても、ダリルはバスタブに頭を預けたまま天井を見上げていた。もやが掛かったままの思考は昨夜の残滓を辛うじて残している。そのまま寝入ってしまうなんて。疲れていたわけでもないのに。いや、体こそ疲弊していないものの、心は履き古した靴下のようによれている。昨日は消えた女を追って一日中街の東側を歩き回った。流れるブルネット、雑踏に埋もれる記憶と存在。見かけたとの情報を聞いたのは4日前だった。3日間は外した。だがダリルはその日の朝、今日こそは彼女を発見できると根拠のない確信を抱いていたのだ。
 確かに女はいた。まだ日も落ちきっていないのにプールバーでピンク色の甘い酒を飲んでいた。探していたのとは別の人間だった。彼女が傷んだ黒髪とゴールドの爪で品のない誘惑を仕掛けてきた時、ダリルは情報を流した人間へ恨みをぶつけに行こうと決めた。



 軋む節々に顔を顰めながら、額に張り付くダークブロンドの髪を掻きあげる。ドアまでの道のりを見遣ると、くすんだタイルの上には入ってきたときそのまま、脱ぎ捨てた服がごちゃごちゃと散らばっていた。立ち上がったとき、また少し腹に回った贅肉を見下ろす。分署にいた頃ならば、地下の備品室横にあるジムを利用できた。だが定期的な運動をやめた途端、太りやすい彼の肉体は続々と余計な脂肪分を蓄え始めている。誰かに責められる気がした。でも責められないことは分かっていた。
 髭を剃った後に含んだリステリンを、いつもよりも長い間口の中に溜めておく。アルコールとミントのお陰で口の中は弾けそうだが、それとて脳に至る神経のどこかが詰まっているお陰で期待する効果を発揮しない。いくら柔らかい粘膜が痺れようと、視界にノイズが入っているような感覚は一向に消えなかった。
 四隅が曇った鏡と向き合ったとき、そこに映っているのは窓の外に佇む寂れたビルと、典型的な30男の姿だった。眼を腫らし、もみ上げから顎にかけての肌がぶつぶつしている。だがみっしりと肉の付いた二の腕は、まだまだアンクル・サム的たくましさに溢れている。捨てたものではない。それでいい、今のところは。過去と現在を比べることを、彼はできるだけやめるよう心がけていた。


 一通り命題から結論までを組み立て終わったら、後は成すべきことに向き合うだけだった。必要なのは、しゃきっとして身なりを整え、部屋から――事務所兼住居の薄汚いホテル・ガリオンから――出ること。首を傾け、むくんだ顔を出来る限り鏡のくもりから遠ざける。夜は明けたばかり。課題はあれど、一日を良いものにする鍵はまだなくしていなかった。そのためにはまず、頭を動かなければ。鏡に映る全てを強く睨みつけながら、ダリルは口腔内で徐々にぬるさを孕んでいくリステリンを飲み下した。咽頭から食道へ、染み込むように刺激が広がっていく。鼻と眼の奥が燃え上がる感覚に、昨晩から持ち越した怒りが再び鼓動を打った。何としても、不確かな情報をちらつかせた連中に挨拶しなければ気が済まない。例え相手が神に仕える身であろうとも。脳の回転が加速すればするほど、憤懣は熱を持って身体へと擦り寄ってきた。引っ掛けておいたタオルで顔を乱雑に拭うと、ダリルは足音も高くバスルームから抜け出した。



 後からやってきた違法駐車の群れと薄汚い雑居ビルに囲まれ、チャーチ通りという名の由来となった聖ポロヴィニア教会は、こぢんまりとした外観を一層小さく見せている。にも関わず、ヨーロッパの寺院をそのまま移し変えて改築したような建物は、臆することなく自らの異質さに胸を張っていた。庇に据えられた山羊の頭を持つガーゴイルが、礼拝者の持つ疚しさを問い質すよう仰々しく見下ろしている。ゴシック様式の変形版とでもいうべき分厚い石造りの壁は、本来広く開かれた存在であるべき教会にどこか閉鎖的な空気を醸しだしていた。
 よく磨かれた重厚な木製ドアを潜り、ダリルは静まり返った礼拝堂内を見渡した。長椅子に腰掛ける信者たちはちらほら見受けられるものの空気はまだ朝の鋭敏を保ったままで、ちょっとした溜息でも点された蝋燭の火が掻き消えてしまいそうだった。
 やたらと高い天井などお構いなしに篭るかび臭さへ好意を抱くことは一生ないのだろう。高窓は大きく、聖母をグロテスクに描いたステンドグラスがはめ込んであるものの、建物の内部は明るさという言葉とおよそ無縁だった。隠しただけの気鬱が再び鎌首をもたげる。胸を圧迫する苛立ちに促されるまま身廊を突っ切ろうとした時、ことんと小さい音が背後で響く。
 空のバケツを床に降ろして跪いたシスター・ジョイスを見下ろし、ダリルは露骨に侮蔑的な表情を浮かべた。
「亭主は?」
「主は天上に」
 十字を切って立ち上がった尼僧から怯えを取り去れば、何もなくなってしまうだろう。本人が上手くかわしたつもりだと思っている問答を紡ぐ唇は、哀れを催すほど震えていた。正面の青い眼を見つめ返すことすら出来ず、顎を喉元にくっ付けたままバケツを取り上げる。
「何か御用ですか」
「アルクィンはどこだ」
「外出中です」
 教会を取り仕切る男の名前を出した途端、ジョイスの頬へ僅かに赤みが差す。不健康そうな肌色に血が上ったとき、この女がそれなりに整った容姿であるということが初めて分かる仕組みになっていた。普段は長身を恥じるように背中を屈め、紅茶色の瞳を常に伏せている。今も視線は床に落ち、それなのにどこへぶつかるでもなく身廊を横切っていくのだ。
「忙しい方ですから」
「朝早くから大変だな」
 広がる衣の裾を踏まない位置にぴったりとつきながら、ダリルは眼を細めた。
「待たせてもらうぞ」
「今日は夜になるまでお帰りにならないと思います」
 裏手まで付いて来そうな気配に焦れたらしい。振り返った瞳は、いつもの憂いとは別にはっきりとした拒絶を含んでいた。
「神父様が何をしたというのです」
「ガセの情報を掴ませやがった。ニーナ・ウィロックス、16歳の女が家出した。あんたの神父さんは教区巡回中、『ケーブル・ガイ』にいるその小娘と喋ったって確かに言ったぞ」
「あの方がそう仰ったならそうなんでしょう」
「見事に人違いさ。写真も見せて、名前も聞いたってお墨付き、しかもコンテンツ量はお布施の50ドルって、あいつの説教と同じで大したペテンだよ」
 きっ、と音がしそうなほど、ジョイスは眼の前の顔を強く睨みつけた。
「ここは神の家ですよ」
 使い古された常套句を吐く唇の持ち上がり方は、神に身を捧げている人間が見せていいとは到底思えないほど反抗的だった。覚えた既視感に、掌へ爪が食い込む。
「もう少し言葉を」
「宗教問答をしにきたわけじゃない」