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The El Andile Vision 第1章

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「ザーレン様はご健在だ。まあ、確かに危うい状態ではあるがな。――それよりティランが裏切ったのはまずいな」
 リースは最後の部分を言うとき、やや声を低めた。
「何だと、それは本当か!」
 レトウが目を剥いた。イサスが黙って頷くと、レトウは唸った。
「あの野郎……前から怪しいとは思ってたが、案の定か。なるほど、だからわざわざターナに会いにきやがったんだな、あいつ」
 その言葉にイサスが軽く息を呑んだ。それへ鋭い視線を投げると、レトウは続けた。
「言っとくが、ターナの兄貴だからって妙な仏心を持たねえ方がいいぜ、イサ。あんたのことだから、まあその辺はわかってんだろうけどよ」
 レトウが意味ありげに言うと、リースははっとイサスを見た。
「おい、まさかイサス、おまえ……ティランの妹と――?」
 イサスは黙ってリースを見返した。何も言うなという合図だった。しかし、リースは頭を振った。
(そうか……だから、ティランを始末しなかったんだな。何てことだ……その甘さが本当におまえの命取りになるかもしれないんだぞ……)
 レトウは不審気に二人の取り交わす無言のやりとりを見守っていたが、そのとき、再び酒場にどよめきが走った。
 三人は驚き、何事かと舞台に視線を走らせた。
「ほら、見てごらんよ。うわあ、ほんと、凄いわ!一体どんな仕掛けがあるんだろうねえ!」
 ちょうど戻ってきたメラが盆を持ったまま、すぐ傍で感嘆の声を上げるのが聞こえた。
 遊芸師の指先に、順番に白い焔が灯っていく。十本全てに灯がともると、彼は両手をさっと一振りした。
 焔が一つになり、合わせて両手を包み込むようにぼおっと燃え立った。
 若者の銀色の髪に白い火焔が映え、幻想的な妖しい雰囲気を醸し出していた。
 次の瞬間、我に返った観客の間から大きな拍手が沸き起こった。
 若者は愛嬌のある顔でにっこり微笑んでいたが、ふとその視線の先がイサスの姿を捉えた。
 二人の目が合った。
 その瞬間――僅かに遊芸師の表情が変化したかに見えた。
 不思議な、動物のような紺碧のきらきら光る瞳がイサスを瞬きもせず凝視した。と同時になぜかイサスは胸が波立つような興奮を覚えた。
 遊芸師の目が、イサスの胸の内に潜む何かに突然火をつけたかのように。
(こいつは――!)
 イサスは本能的に身の危険を感じて立ち上がろうとした。しかし、その前に遊芸師の手の中の焔が大きく炸裂した。
 白い閃光が走った。
 あまりの眩さと衝撃に、驚いた酒場の客たちは悲鳴を上げて顔を覆った。
 イサスは焔が一本の矢となり、自分に向かって真っ直ぐ飛んでくるのを見た。逃げようとしたが、体が竦んで動けない。
 どん、と凄まじい衝撃が全身に走った。光の矢が彼の胸を直撃していた。いや、正確にいえば、それは彼の胸に吊り下げられていた護符の袋に包まれた石に当たったのだった。
 彼には石が、大きく震えるのがわかった。
 それは彼がかつて感じたことのないような感覚であった。それでいて、いつかこれと同じような感覚を無意識下で記憶していたような気もした。
 彼は混乱したが、それ以上に全身を貫く衝撃に圧倒され、息もできない状態で、思わずその場にうずくまった。
 どれくらいの時間が経過したのか。イサスにはもはや時間感覚がなくなっていたが、とにかく数刻後、彼はようやく呼吸を取り戻した。
「おい、どうした、イサ!」
 レトウの声に気が付くと、彼は椅子の上でがっくりと膝に頭を落としていた。全身が汗ばみ、息も荒い。どう見ても尋常な状態ではなかった。
 彼の様子を皆が心配そうに見守っている。
 一方で遊芸師は、大きな拍手喝采の渦の中でにっこりと愛想をふりまいていた。足元に置かれた箱の中に次々に硬貨が投げ込まれる。
「いやだ、何かえらく顔色が悪いよ。大丈夫かい」
 メラがイサスの顔を覗き込んで、心配そうな表情を浮かべた。
「まだお酒も入ってないのに……一体どうしたってのよ」
「ああ、何だろうな……」
 イサスは無理に笑って見せた。しかし、その顔はだいぶ青ざめていた。
「……とにかく少し外の空気を吸ってくる」
「一人で大丈夫か」
 リースが手を差し伸べようとしたが、イサスは軽く手を振ってそれを制した。
 そのまま立ち上がると、一瞬軽い目眩と吐き気を感じたが、彼は敢えて平静を装い、テーブルの間を縫って戸口へと向かった。
 そんな彼の姿を、舞台から降りた遊芸師が深刻な眼差しで追いかけていることに気付く者はいなかった。