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The El Andile Vision 第1章

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Episode.3 謎の遊芸師



 『月の雫』亭の入り口近くまでやってきたとき、窓から見えるいつもとは違うその人の多さに、二人は思わず顔を見合わせた。
「なんだ、今夜はえらく繁盛しているようじゃないか。いったいどうしたんだ。さっき、おまえに会う前に立ち寄ったときにはそうでもないように思ったが。最近はいつもこんななのか」
 リースが面白そうに問いかけたが、イサスは首を傾げた。
「いや……だが、どうしたのかな。確かにえらく賑やかだ」
 二人が古びた木の扉を引いて中へ一歩足を踏み入れたとき、どおっとひときわ大きな歓声と拍手が巻き起こった。
 彼らは酒場全体を覆う興奮した人々の熱気と人いきれに一瞬圧倒されて、呆然とその場に立ち尽くした。
 酒と煙草の匂い。酔った人々の呂律の回らぬ会話の断片と呆けたような笑い声がいっぱいに満ちている。
 決して広くはない酒場のテーブル席は常にないほど、人で埋まっていた。
 カウンター席もそれは同様で、椅子からあぶれて手に酒瓶を持ったまま、壁にもたれたり、床に座り込んでいる者までいる有様だった。
 そんな彼らが一心に視線を向ける先――酒場の奥に設置されている舞台の方へ二人も自ずと目を向けた。
 舞台とはいってもさほど大掛かりなものではない。床が一段高くなっただけの狭い空間。
 普段は、たまに近くの村の音楽家や、流しの旅芸人がちょっとした技芸を披露して小銭を稼ぐのに使われる程度のものだ。
 しかし、大概は大した芸が行われるわけでもなく、皆が今ほど熱狂して注目している光景など、イサスはこれまで見たことがなかった。
 舞台上で、今一身に人々の注目を集めているのは一人の若い男。
 特に芸人風の衣装を纏っているわけでもないが、その風貌は特異で、遠目からもやけに目を引く。明らかにこの辺りでは見かけない顔立ちだ。
 ――輝く銀灰色の髪が美しく灯火に映える。瞳は濃い碧。肌の色は白く、細身の体が一見女性のような美しい外郭を描き出している。
 今、彼は両手に空いた酒瓶を併せて三つ持ち、それを器用に空中で交互にくるくると回している。いわゆるジャグリングという芸――このような辺鄙な土地ではそうそう見られるものではない。
 ゆえに余計に耳目を引いたのだろう。彼の華麗な手さばきに人々はすっかり夢中になって見入っていた。
「ほう……こんなところで、遊芸師を見るとは思いもよらなかったな。こりゃあ、人が入るはずだ」
 リースが感心したように言うと、イサスは不審気に首を傾げた。
「――遊……何だって?」
「『遊芸師』さ。人の目を驚かす、奇をてらった不思議な技芸を見せることを生業とする連中だ。聖都では王宮お抱えの遊芸師がいたり、遊芸師専用の小屋まで建っていると聞いているが、アルゴンでは見かけることは少ないな。俺もこんなに間近で見るのは初めてだ」
「リース!戻ってきたんだね」
 そのとき、ふくよかな胸を揺らしながら、赤い巻き毛の女が声をかけてきた。
「メラ。久し振りだなあ。相変わらず美人だ」
 リースは忽ち破顔して、女の剥き出しの肩に手を置いた。
「いやだ、今さら下手なお世辞言うもんじゃないよ。そういう台詞、あんたには似合わないんだから。……今夜は泊まっていくんだろうね。もちろん」
 メラは慣れた手つきですかさず相手の腕を引き寄せて、しなをつくってみせた。
「ねえ、今夜はこの人貸してもらうよ。いいだろ、イサ」
 呆れ顔のイサスを見て、メラは陽気に笑った。
「ご自由に。――それより、どこから呼んできたんだ、あんなの」
 イサスはそう言うと、舞台の方を顎で示した。
「ああ、あれ!……あたしたちもびっくりしたよ。ちょっと芸ができるから……っていうもんだからさ、舞台に上がらせたらこの有様さ。あっという間に口コミで伝わっちまって、見る見る人が増えてね。こんなの、ほんと珍しいんだけどねえ。まったくあんたたちもいい時に帰ってきたもんだよ!見ててごらん、とにかく凄いからさ。もうみんなすっかり夢中さ。あのお兄さん、なかなかのもんだよ。聖都の王宮あたりでも十分通用するんじゃないかねえ」
「それに、きれいな顔してるよねえ……。この辺じゃ、あんなきれいな顔立ちの男って、滅多に見られないよ。あたし、今夜、誘ってみようかな!」
 傍らから、別の若い女が顔を出して、うっとりと舞台の方を眺めて溜め息をついた。
「馬鹿言うんじゃないよ、エッダ。あんた、この間までずっとイサに言い寄ってたくせにさ。大体あんないい男が、あんたなんか相手にするもんか」
 メラが鼻を鳴らして、ぴしゃりと言い放つ。
「やだ、姉さん、何さ。姉さんだって、イサのこと……」
 エッダは頬を膨らませると、リースの方をちらりと見た。リースはおやと首を傾げ、イサスは黙って肩をすくめた。
 メラは慌ててリースの腕を引っ張った。
「さあ、いつまでもこんな戸口で突っ立ってないで、もっと中へ行こう。リース、一杯やるんでしょ。イサ、あんたもね」
 三人が人込みを掻き分けて中へ入っていくと、熱気に包まれた中にも彼らの姿を認めた者たちから、微かな雰囲気の変化が広がるのが感じられた。
 無論それはイサスの存在の及ぼす影響にほかならない。
 いつものことながら、リースは感嘆せざるを得なかった。
 ――この僅か十六歳の少年の圧倒的な存在感の強さ。殆ど威圧感に近いものすら感じられる。
 確かにこの強さがなければ、たとえどんな後ろ盾があろうとも、自分よりも遙かに年上で体躯も大きい近隣の荒くれ者たちを統率することなど到底不可能だったろう。
「よう、イサ。ここが空くぜ。来いよ」
 手を振ってイサスに声をかけてきたのは、がっしりとした体つきにひときわ目つきの鋭い猛々しい風貌の男だった。
 真っ黒に日焼けした肌に無精髭をたくわえた顔はどう見てもリースとさほど年が変わらぬように見えたが、実際には彼はまだ二十才前後でしかなかった。
「こいつらがもう立つって言ってるからよ」
 そう言って彼が同じテーブルに座っていた三人の男たちをじろりと一瞥すると、彼らは慌てて席を立った。
 入れ替わりにイサスとリースが席に腰を下ろし、メラはカウンターへ新しい飲み物を取りに行った。
「久し振りだねえ、リース・クレイン」
 彼はリースに向かって親しげに笑みをこぼした。笑うとその人懐こい表情が、彼をようやく年相応に見せた。
「最近ロクな噂を聞かないが、ザーレン・ルードはまだ生きてるんだろうな」
「レトウ!」
 イサスが相手に鋭い視線を投げた。
 レトウはわざとらしく大仰に肩をすくめた。
 リースは苦笑した。このレトウ・ヴィスタだけは、イサスに対して決して物怖じすることがない。
 だが、言いたいことは平気で言う毒舌家である反面、実際のところこれほどイサスを絶対的に信奉している男もいなかった。
 剣の腕も確かで、常にイサスの頼りとする右腕となってきた男だ。リースとしても最近ではこのレトウがいれば、イサスの身をさほど案じる必要もないという気持ちになっていた。
 今ひとり、イサスの側に侍っていたティラン・パウロについてはやや疑念があったが、こちらはやはり恐れていた通りの事態となった。