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The El Andile Vision 第1章

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 全く他の者を寄せつけないような雰囲気。突然、彼との間に遠い距離を感じる瞬間だった。
(この人は、自分が思っているのとは違う……実はまったく別の人間なのではないか――)
 そんなとき、イサスの心はなぜかざわめき、忽ち疑念に似た思いが駆け巡るのだが、しかしそれでも、その後見せられる屈託のない笑顔にいつしかその不安も不思議と拭い去られてしまうのが常であった。
 実のところ自分がザーレン・ルードをどこまで信じているのか、イサス自身にもよくわからない。
 ただ、イサスにとっての、ザーレンとのこの四年間は特別な時間だった。
 孤独で、常に周囲に対して身構え、人生そのものを拒絶していた少年。ザーレンは確かにそんな荒んだ少年の魂に、新たな息吹きを吹き込んだ。彼に新しい世界を開いてくれたのだ。
 そしていつしか、彼はザーレンの不思議な魅力の下に完全に捉えられ、ごく自然に彼の中でザーレンの占める位置は大きくなっていた。少しずつ、ザーレン・ルードは彼にとって絶対的な存在になりつつあったのだ。
 彼は、ザーレンが好きだった。ザーレンを守るためと思えばこそ、彼の命に従い、『黒い狼』を使って諜報もどきの行為もしてきたのだ。
 しかし彼は、そのために次第に自分が目に見えない大きな罠の中に嵌り込もうとしているということには、まったく気付いていなかった。
 その一方で、リース・クレインとの関係はザーレンとはやや異なっていた。
 イサスにとってリースは気のいい兄貴といった存在だった。彼は優秀な騎兵でありながら、内実は気のやさしいごく普通の話し好きの青年で、イサスのことも弟のように可愛がっていた。
 イサスを厳しく訓練しながらも、ザーレンからイサスとその『黒い狼』についての計画を打ち明けられたとき、彼は即座に反対した。彼は、少年を政争の道具に利用しようとするザーレンの意図を測りかねた。
「あまりに荷が重すぎはしませんか。まだ十五やそこらの子供に刺客の真似事など……単に金品を奪う盗賊行為とは訳が違う」
 当時、ザーレンの周囲には敵が多かった。
 アルゴン侯の長子であり、事実上の後継者である兄、ランス・ファロンその人は気性も穏やかでザーレンとは争うこともなかったが、問題はその周囲の取り巻き連中であった。
 彼らは、兄よりも何事につけても秀で、父アルゴン侯からも殊にその寵を受けていたザーレンを警戒し、事あるごとに彼の失脚を目論んでいた。
 その筆頭ともいえるのが、州侯の姉の子、すなわちザーレンにとっては従兄弟にあたるユアン・コークで、まだ若いが切れ者の策士と評判の人物であった。
 ザーレンにとって、ユアン一派の動きを抑えることは非常に大きな意味を持っていた。彼が『黒い狼』を機動性に優れた手兵として用いようと考えたのはそのためであった。
「イサスはもはや子供ではない。おまえもわかっているはずだ。あいつは俺たちが仕込んだ優秀な、一人の兵士だ。十分に任を果たせる」
 冷たく言い放つザーレンに、リースはそれ以上何も言えなかったが、内心は深く嘆息した。
 ――なぜ、この人にはわからないのか、と。確かにイサスは他の同年代の子供と比べると、その言動も思考も異常なほど大人びているし、時にこちらも驚くほどに冷静な判断を下し、的確に行動する。だが、それでも――
(ザーレン様が考えておられる以上に、彼の心はずっと純真だ。イサスの中にはおそらく何の計算も野心もないだろう。彼はただ、ザーレン・ルードを崇拝しきって、必死でその期待に応えようとしている。純粋にあなたを愛しているだけなのだ。そして……あなたから、愛を求めようとするがゆえに。……彼を突き動かしているのは、単に小さな子供が周囲の人間から無償の愛を求める、その本能的な欲求となんら変わりはない。つまるところ、彼もまた愛情に飢えた、頼りない子供の一人に過ぎないというのに……)
 その純粋な心を、大人の汚れた打算と利己心で利用しようとする。……今のイサスにはあまりにも残酷な仕打ちかもしれない。
 このようなことを思う自分が甘い人間なのかもしれないと半分己に言い聞かせながらも、リースはやはり心を痛めずにはおれなかった。
 しかし、それでもザーレンの考えが変わらぬと知ったとき、彼はそれ以上説得するのを諦め、代わりに進んでイサスの補佐役を買って出ようとした。
 止むを得ぬこととはいえ、イサスをただ一人危険の渦中に投げ込むわけにはいかなかった。
 リースはそれほどまでに、この少年に深く気持ちを注ぐようになっていたのだ。
 それ以来、リースはイサスの力強い相談役として、陰ながらずっと彼を支え続けてきた。また、イサスもリースには絶大なる信頼を寄せるようになっていた。
 ザーレン・ルードと共に、リース・クレインの存在もまた、イサスの中ではなくてはならないものとなっていたのだ。
 あるいはこのような信頼感が、却ってイサスに隙を与えてしまったのかも知れない。
 いつもリースに助けてもらってきた。だから大丈夫だ。今度もうまくいく。
 その安心感が裏目に出ることになろうとは、このときのイサスには思い及ぶべくもなかった。それはリースにとっても同様だっただろう。
 しかし、そんな二人をよそに、運命は既にあらぬ方向へと大きく回転を始めていたのだった。