The El Andile Vision 第1章
「それは駄目だ。明日のナルサスからの隊商の中には、間違いなく聖都からの密使が紛れ込んでいる。二回空振りだったからな。今度こそ、間違いない。ユアン・コークへの密書を持った例の密使だ。生かして通すわけにはいかない」
「しかし、ユアン・コークの第三騎兵団は最強の軍勢だ。万が一、網を張られでもしたら、『黒い狼』など、ひとたまりもないぞ。
特にあのモルディ・ルハトは執念深い。一度目をつけられたが最後、死ぬまで放してはくれんだろう。
なあ、イサス、よく考えてみろ。ザーレン様には俺から伝えておく。なに、まだ手はあるさ」
リースは諭すように言ったが、イサスは頑として譲らなかった。
「アルゴン騎兵の精鋭の一人であるリース・クレインが言う言葉とも思えないな。
心配するなって。明日は計画通り、実行する。今までも抜かりなくやってきただろう。今さらティランに何ができるものか。
そんなことでやきもきするなんてどうかしてるんじゃないのか。俺は、ザーレンとあんたからすべてを教わってきたんだ。自分の生徒を信じろよ」
リースは溜め息をついた。心配げな表情は変わらなかったが、それ以上少年の意志を変えることはできそうもないと諦めたようであった。
(――狼、だな。やはり、こいつは……)
イサスの燃え立つ黒い瞳を見つめながら、リースはひそかに思った。
少年の激しい気性には慣れてきたつもりではあったが、それでもやはり時々強い違和感を覚えずにはいられない。
狼、というか、獣の性そのものの気が、こんなにも強く激しく発散される人間を、彼はついぞ見たことがなかった。
外見とは正反対に、柔和な気性の彼にとっては尚更驚かされることが多かった。そう、時には――故知らぬ恐怖さえ感じることがあった。
今、この瞬間も――
だが、そこでリースは要らぬ思考を振り払った。
「やれやれ、仕方がないな。だが、くれぐれも用心してくれ。無茶はするなよ。もし騎兵団が出てきたら――絶対に戦うな。すぐに逃げるんだ。わかったな」
そう言うリースの目はいつになく厳しく、真剣な光を帯びていた。イサスは少し気圧されて、それ以上は何も言わず、ただ黙って頷いた。
作品名:The El Andile Vision 第1章 作家名:佐倉由宇