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The El Andile Vision 第1章

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Episode.1 黒い狼



 月のない夜だった。
 湿った草の上に仰向けに寝転んだまま、イサス・ライヴァーは暗い夜空をぼんやりと見つめていた。
  闇に溶けるような黒髪は長く伸び、いつもは後ろで一つに束ねられているが、今夜は流したままだ。
  黒く燃え立つような双眸は、暗い夜の中で、さながら夜行性の獣のように、一際異彩を放っていた。
  とはいえ、小柄で華奢な体躯とまだ若いその外見を見る限り、彼がアルゴン州都への街道を根城にする、最も危険な盗賊団『黒い狼』の首魁であるとは、誰も想像だにしなかったであろう。
「……暗いな」
 彼は眼を細め、誰にともなく呟いた。
 いつもはよく見える星のきらめきも今夜は全く見られそうにない。吹き抜ける風が冷たく肌を刺す。季節は着実に冬へ移行しようとしていた。
 ふいに背後に人の気配を感じ取り、イサスの全身に緊張が走った。素早く半身を起こし、身構えようとしたところ――
「待ってくれ、首領(ボス)。俺だ」
 慌てた声に、イサスの手が一瞬その動きを止めた。
「ティラン……おまえか」
 イサスは相手の顔を確かめると、軽く息を吐いた。
 すぐ傍から、そばかす面の少年が、ひょろりと背の高い姿を現した。
「おっかねえなあ、相変わらず……」
 ティラン・パウロはにやにや笑いながらも、イサスの右手に握られたきらりと光る刃に、微かに顔をひきつらせた。
「黙って人の後ろに立つなと言っているはずだ」
 イサスはにこりともせずに言うと、短刀を腰の革帯に戻した。
「ずいぶん久しぶりだな。――今までどこにいた」
「へえー、一応気にしてくれてたんだ。俺なんざ、あんたにはいてもいなくてもおんなじようなもんだと思ってたけどよ」
 ティランは軽口をたたきながら、その場にしゃがみこむと、横目で窺うようにイサスを見た。
「……で、どこにいたと思う」
 彼はさりげなく言ったが、その表情はどこか落ち着かなげであった。
 彼はその問いの答えを半ば予想していたのだが、それでも次の瞬間に自分に向けられたイサスの冷ややかな瞳を前にすると、やはりどきりとせずにはいられなかった。
「アルゴン騎兵団、第三騎兵隊の兵営にさかんに出入りしているという噂を聞いた。――事実か」
 イサスの口調は恐ろしいほど静かだったが、そこには強い詰問と強要の響きが感じ取れた。しかもその突き刺さるような視線がティランの心を胸苦しいほどに圧迫した。
 ティランは額に滲む汗を手の甲で拭うと、ちっと内心舌打ちした。
(くそっ、ずっと年下のガキじゃないか。なのに、こいつと話すときはいつもこうなっちまう。何だってんだ、こいつは……)
 その瞬間、胸に溢れた少年への憎しみと羨望の思いがティランの心の動揺を抑え、彼を大胆にした。彼は挑むようにイサスを見返した。
「――ああ、俺もいい加減、あんたの下でこき使われるのにはうんざりなんでね。そろそろ新しい刺激も欲しくなったところだしな。……別に俺が新しいお楽しみを見つけたからってあんたからあれこれ言われる筋でもねえと思うんだが」
 ティランの目には、今やイサスへの敵愾心があからさまに表れていた。
「第三騎兵隊はユアン・コークの直属の部隊だ。ユアンは、ザーレン・ルードの失脚を狙っている。つまり俺たちにとっても敵だ。他の者はおまえが寝返ってコークの側についたのではないかと疑っている」
 イサスの黒い双眸がティランを鋭く睨めつけた。
「それが真実なら、おまえを生かしておくわけにはいかないが……」
「ザーレン・ルードも長くはねえよ、イサス」
 ティランの顔に狡猾な笑みが広がった。
「今のうちに新しい保護者(パトロン)を見つけてさっさと乗り換えちまうのが得策ってもんだぜ。俺たちだって何もあんたやザーレンとわざわざ共倒れになりたかねえしな」
「それがおまえの本心か。よくわかった。――おまえにしては、うまく立ち回ったものだな。だが、ユアン・コークがおまえなどの保護者になるわけがない。誰に取り入った。第三騎兵隊長のあの豚――モルディ・ルハトあたりか」
 イサスが揶揄するように言うと、ティランの目が一瞬怒りで燃え立った。
「ああ、その通りだ!だがな、ついでに言っといてやると奴さんはあんたも欲しがっていたんだぜ。悔しいが、俺よりあんたの方がよほど商品価値が高いらしい。まあ、アルゴン州侯の庶子ザーレン・ルード様をたらしこんだほどだから、そりゃ当然か。まあ、よく考えてみた方がいいぜ。何なら俺から口を利いてやろうか。モルディに気に入られりゃ、ユアン・コークにだってすぐ手が届く。悪い話じゃないだろう。あんただけじゃない、『黒い狼』そのものにとっても、万々歳ってわけだ……」
 しかし、ティランはそれ以上続けることができなかった。
「――失せろ」
 イサスの一言は氷の刃そのものであった。
 ティランは目の前の少年から発する凄まじい殺気に圧されて思わず後退った。
「イサス……」
「聞こえなかったのか。俺の気が変わらないうちに、消え失せるがいい。次に俺の前に現れたときは、必ず殺す」
 イサスはそう言いつつ、脅すように右手を革帯に滑らせた。
「そうか、じゃあ、残念ながらここでさよならってわけだな」
 ティランは慌てて立ち上がりながらも、憎々しげにイサスを睨みつけた。
「……だがな、後悔するなよ、イサス。俺の言ったことは全部本当のことだ。おまえの方こそ、次に俺と会うときには泣いて許しを乞うことになってもしらねえからな」
 ティランはそれだけ言うと、立ち去っていった。
「――イサス!ここだったのか」
 それと入れ替わりに、大柄な若い男が手を振りながらやって来たが、行き違った相手を認めると驚いたように目を開いた。
「何だ、あれは。ティランじゃないのか。どうしたんだ、今頃」
「ああ、ご丁寧に別れの挨拶をしにきたらしい」
 イサスがこともなげに言うと、男はますます驚いた様子を見せた。
「何だと、じゃあやはりあいつは騎兵団に……」
「そういうことだな。第三騎兵団のモルディ・ルハトに飼われたらしい」
「モルディ・ルハトか。厄介な奴に、また……」
 男は考え深げに呟いた。
「――とすると、情報は既にユアン・コークに流れているとみて、間違いないか。まずいな……おい、何であいつを始末しなかった。おまえらしくもない」
 男の言葉に、イサスは憮然と彼を見返した。
「始末しなければならないほどの奴じゃないさ。リース、おまえこそ、最近妙に神経質になってないか」
 リースは困ったように首を傾げた。
「いや、神経質になってるというわけじゃないが……。最近、州侯のお加減もすぐれぬようだし、お館の周辺も何やかや雲行きが怪しい様子だからなあ。
 この間も騎兵団同士でつまらない諍いがあった。騎兵の気も荒立っている。ザーレン様もどうなさるおつもりなのか……。
 なあ、取り敢えず明日の計画は中止にするか。ティランの口から騎兵団へ、おまえたちの動きが漏れている危険性がある」
 しかし、即座にイサスは首を振った。