真っ白な嘘
「キモいニキビ面のくせに、勉強できるのが余計キモいよねー。どうせなかよし教室で頑張ってきたんじゃないの?」
やばい、やっちゃった。
思わず唇をきゅっと結んで二人の反応を見たけれど、二人は驚きつつもニヤニヤと賞賛してくれた。
「里奈、言うじゃ〜ん」
強く、甘く感じる舌の痺れ。感じるのは、これが嘘だから、だろうか。でも前より二人と仲良くなれた気がする。
その日から、あたしの嘘は真っ赤になった。
あたしのトークはもう止まらない。リアルかつユーモラスな起承転結の整った話題。そう、司会者から役者に。オチまでちゃんと聞こえるように。
特にニキビ面月子に対する悪口は、みんな腹を抱えて笑ってくれた。自然と、男子まで話に加わるようになった。
勉強は出来ないけど、走るのは遅くて、絵を描くのも下手だけど。けれど、あたしはやっとこの座を手に入れたんだ。
地味な落ちこぼれを一生懸命隠して、クラスの中心人物の座を手に入れた。嘘つき?誰だって、大きかれ小さかれ嘘をついたことはあるでしょ。
それがいかに赤いかって話。
大丈夫。あたしの夢は、嘘はまだ白い、ってそのときは思い込んでいたんだ。
みんなが笑ってくれてる。喜んでくれてるんだ。あたしの嘘は雪のように真っ白だ。
「ねぇ、人気者の里奈お願いがあるんだけどぉ」
くねくねもじもじしながら、クラスメイトのねねっちが話しかけてきた。おだててくるところが、いかにもねねっちらしい。
そしてねねっちはあたしの手を引いて人気のない南校舎のトイレまで連れてきた。階段を上ったり下ったり、少しでも人影があるとこそこそと逃げていった。
明らかに挙動不審だなぁとぼんやり思っていると、ねねっちはやっと止まって言った。
「あのね、里奈の隣の席、友哉くんだよね?」
友哉くん・・・というのは、あたしの隣に座っているサッカー部の男の子だ。とにかく細くてサッカーが上手で、ついでに顔も良いから女子には人気者なのだ。
「あのね、絶対内緒だからね!」と何度も念押しして、誰もいないのに耳元で本当に小さな声で言った。
「一生の内緒だよ。ねね、友哉くんが好きなの」
だから、彼に好きな人がいるかどうか聞いてほしいらしい。
困った。
だって友哉くんと会話らしい会話なんてしたことがないのに、いきなり「好きな人いますか」なんて聞けるわけがない。しかも、ねねっちは噂好きでおしゃべりだ
ここで断ったら根も葉もない悪口を流されるのは間違いない。
つい、頷いてしまった。
「やったー!里奈大好き!誰にも言っちゃだめだからね!」
生返事をして教室に戻る。人気者ってこういうことまでしないといけないのだろうか。
それから、自分でも気持ち悪いくらい友哉くんをちらちら見るようになってしまった。
「なんだよ川野」
とうとう向こうから話しかけられた。もう逃げられない。背後でねねっちの熱い視線を感じる。
「友哉くんって、す、好きな子いるの?」
「はぁ?いないけど」
友哉くんはしきりに「なんで?」を繰り返した。ちょっと待ってよ、勘違いされてるじゃん!
「じゃぁさ、ねねっち、・・・ほら、山下音々のことどう思う?」
すると信じられない返事をされた。
「キモいよ。うるさいだけのぶりっこじゃん」
まさか、え?今なんて?
友哉くんってもっと優しいスポーツマンかと思っていたけど、こんなの、他の子どもっぽい男子と一緒じゃん。
「ちょっと、そこまで言うことなくない?」
「なんで川野がむきになるわけ?とにかく、俺女子とか興味ねぇから」
と前髪をかきあげる。そんな仕草が格好良いとでも思ってるのだろうか。幻滅。何さ、ワックスでスーパーサイヤ人みたいな頭してるくせに。もう
あたしはそれ以上話題を続けなかった。
実はあたしも、ほんの少し友哉くんのことが気になっていた。でも、今はそれ、ナシ。
「里奈どうだった?」
あれだけ「一生内緒」を繰り返していたくせに、何故か(月子を除いた)女子全員が結果を知りたがっていた。
言えない。こんなに期待に満ちたねねっちに「うるさいだけのぶりっこ」なんて。言えるわけがない。
「友哉くん、女子に興味ないみたい」
「じゃあ、ねねのことなんか言ってた?」
それは・・・
「気になってるみたいだよ。すっごく可愛いって。」
それを聞いてねねっちはおかしくなったんじゃないかと思うくらい喜んだ。涙まで流している。
みんなも大喜びで「告っちゃいなよ〜」って笑ってる。やめて、そんな無責任なこと言わないで。
恐らく、人生で一番真っ白な嘘をついたと思った。これ以上は白く出来ない。ミルクより雪より、ずっとずっと真っ白だ。
しかし、その白さは三日しか続かなかった。
三日後、友哉くんに告白したねねっちは見事に玉砕した。
付き合えないどころか、「二度と話しかけんなブス」とまで言われたようだ。どうしてそんな無神経な男子を好きになれるか、そっちのほうが不思議だった。
「里奈が大丈夫なんていうから、裏切るから」
泣きながらねねっちはあたしに訴えた。みんなも責めるようにあたしを見た。
ちょっと待ってよ、これったあたしのせいなの?でも、多勢に勝てるわけがない。
「里奈サイッテー」
ああ。真っ白だと思ってたのに。いつの間に、見てるのも辛いほど赤くなっていた。全部あたしのための嘘だったんだ。
ねねっちに思い切り頬を張られた。嘘の代償って、大きい。こんなのってドラマや少女漫画の世界だけのシチュエーションかと思った。
でもさ、みんなのためについた嘘まで、真っ赤にしなきゃいけないの?
それからあたしは明らかに避けられるようになった。
女子って残酷。こんなに切り替えが速いなんてね。
でも、もっと残酷だと思ったのは、告白から一週間後。雨が降ってきて教室に忘れた傘を取りに行くときに、ちょうど残って騒いでるユッコたちの声が聞こえた。
「マジありえないよねー。死ねーって感じ。ほら、あの、ホラ子」
どうやらホラ子とはあたしのことらしい。法螺吹きのホラ子。ほんと、感心してしまうほどニックネームをつけるのが上手い。
ああ、ちょっと前まではあたしが月子の悪口をあんな風に言ってたんだっけな。
自分を見ているみたい。変な感覚。
「だよね、っていうか、朝学校来てすぐ自分の話するしねー。しらけるじゃん。マジキモい」
高らかにナオが笑う。そこで、普段はおっとりキャラのゆーちゃんも続ける。
「大して面白くもないのにね。あいつ悪口いうときだけ輝いてるよね」
「まぁねねっちも馬鹿だよねー。ブスのくせに友哉くんと付き合えるとか!」
みんな、いつも笑っていた。仲の良い教室のはずだった。なんだ、みんな黙ってたんじゃん。
笑える。超ウケる。
人気者だと思ってたのは、あたしだけ。
あたしが自分に嘘をついて必死に現状をごまかしてきただけ。
その嘘は何色?ピンクなんて、ふざけたこといわないでよ。
悪口はよくないって、大人はみんな言う。
しかし、時に悪口は、痛いくらい真実だ。
笑える、そう思うのに出てくるのは嗚咽だけだった。
忘れた傘なんでどうでもよくなった。あたしは逃げ出した。土砂降りだったけど、濡れても構わない。むしろ、泣き顔が隠せてずっと良いくらいだよ。
嘘を言っても本音を言っても傷つくなんて、なんて面倒な世界なんだ。