真っ白な嘘
とぼとぼ歩いていると、急に雨が止んだ。振り返ると、あれほど嫌っていたニキビ面があった。
月子はあたしに傘を差し出してくれていた。
「……なんだ、川野さんじゃない、どうしたの?」
振り返ったあたしの顔が泣いているのを見て、ひどく驚いたようだった。
っていうか、あたしって気づかずに傘差し出してたの?
馬鹿じゃないの?誰にでも差し出すの?
でも、あたしだって気づいても、月子は傘を取り下げるようなことはしなかった。気まずそうに微笑むだけだ。
月子といるところ、見られたらどうしようって、前なら考えただろうな。でも、今はそんな心配をする必要はない。
クラスの男子だって気づいてるし、月子ももうわかってるでしょうよ。
あたし、月子と同じ立場になっちゃったよ。ウケるでしょ。今泣いてるんだよ、超ウケるでしょ。
「弟、元気?」
沈黙の中、話題に困ったのか月子は小さな声でそう尋ねた。
雨の音で上手く聞き取れなかったのもあるけど、その話の振り方もわけがわからず、あたしは聞き返した。
「え?なんて?」
「いや、弟くん、家にちゃんと帰ったのかなあ、って」
ああ。あの話か。
月子はやっぱり聞いていたんだ。
「あれね、嘘だよ」
何も計算する必要はなかった。口が勝手に動いて、正直にそう言った。
「やっぱり、そうなんだ」
すると、何故か月子は笑い出した。
あたしはやっぱり、わけがわからない。
本当の話をして、笑われたことなんてなかった。
それがこんなに嬉しいって知らなかった。
「ありがとう、月・・・」
月子、と呼ぼうとして慌てて「・・・見さん」とつなげた。月子、いや月見さんはまだ笑っていた。
顔が割れるくらい笑う月見さんの顔を見る。ニキビは、確かにひどい。でも、そのくらいなんだ。あたしだって、昨日大きなニキビがおでこに出来たばっかりだ。
月見さんの傘の中に入ったまま、あたしたちは、雨の中を歩き出した。
大きな真っ黒な傘は、月見さんのお父さんの傘だと言っていた。
あたしのお父さんも大きな傘を持ってるってあたしも言った。
昨日、頑固なお母さんが初めてプリンをつくってくれたこと、猫がごろごろとあたしの隣で寝ていたこと、初めて、真っ赤な嘘も、真っ白な嘘もつかなかった。
つまらない、あたしの話。
けれど、月見さんはそれでも楽しそうに笑った。
「川野さんって面白いね」
それが、真っ赤な嘘でも真っ白な嘘でも社交辞令でもないことが、今のあたしにはよくわかった。だからなんだかすごく恥ずかしくなってしまった。
「月見さんも優しいね」
小さな声で言うと、月見さんは照れたように笑った。
ねえ、まだ謝る勇気がないんだけど。
もし許してくれたら、傘を差し出した理由を教えてくれるかな。そしたら、あたしもちゃんと謝れるかな。
いっぱい怒っていいよ。
なかよし教室へ行くのはごめんだけどさ。
何故か、今は本音しか言わない月見さんと友達になってみたくなったんだ。
そしたら、あたしの嘘つきも治ると思う。
土砂降りが少し、弱くなった。いつの間にか打ち解けていたあたしたちは、明日一緒に学校に行こう、って、本当の約束をした。