時間泥棒
気づくと、また放課後になっていた。時間を盗られたことに気づくまで少しかかった。
「良いことをしたつもり?時間泥棒」
私は小さな声で呟く。
腕や、膝のアザが痛んだ。目をつぶっても、時間を削っても、結果は変わらない。
「私、やっぱり死んでもいいよ」
誰に言うわけでもなく。
気づいたら、後ろには木谷くんが立っていた。
「なんだ、勝手だなあ」
思わず振り返る。
今も、目の前の懐中時計は私の時間を吸い取って光っていた。
彼は私に近づいてくる。何故だろう。心拍数が上がっていくのを感じた。
「君が言いたいのは一つだけ。死にたくもない、生きたくもない」
「・・・そうよ」
「ねえ、死ぬ前に何がしたい」
当たり前のことのように。
彼は、私にキスをした。
咄嗟のことで、思わず私は悲鳴を上げて突き飛ばしてしまった。
「何、今の」
私は唇をわななかせた。
「キスだよ」
そんなことくらい、わかる。当たり前のようにキスされた。ドラマではよくあることなんだろうけど、とにかく気持ち悪かった。何を考えてるんだ、ありえない。
さっきまで少しだけ木谷くんに好意のような感情を抱いた自分が馬鹿みたいだった。私は木谷くんを憎んだ。一瞬でも、それは鮮やかな憎しみの感情だった。
「死ぬってどんな感じ?」
彼は不思議そうに尋ねる。そして、私の首に手を伸ばす。またキスをされるんじゃないか、と身構えたが避ける間もなく。だが彼は私の首をつかんだ。腕に力を込めていく。
興味なんだ。私は自分の寿命を延ばすための餌で、後は全部興味。
キスも、会話も、愛も死も。彼にとって全て興味でしかない。
自分の唇の端から泡が流れ落ちるのがわかった。夕日で、木谷くんの顔がチカチカしていた。
クラスの連中なんて最悪だったけど、木谷くんだけには一目置いていた頃を思い出した。無感情になってからも、それは同じだった。
それは好意だったのか。感情?
生きたかった。死にたくなかった。毎日傷つけられても良い。絶望したってかまわない。ちゃんと、感情を持って、人間として生きていたい。
ねぇ、これは感情?それとも本能?
私は力任せに木谷くんを殴りまくった。意識が飛びかけていたのにそんな力が残っていたことに驚いた。
そして思い切り蹴飛ばす。彼がうめき声をあげて離れる。彼を押し倒した。彼のポケットをまさぐった。
今となってはおかしな話である。そのとき彼は、一切抵抗をしなかったのだから。
「あんたなんて、人間じゃない」
枯れた声で、私は叫んだ。手の中の懐中時計を握りしめた。
「死ぬもんか」
私は虎のように咆哮した。
時計を窓の外に投げ捨てた。
そのとき、意識が飛んだ。
何が起きたかわからなかった。
私の時間が飛んだのか、なくなったのかと思った。
それとも、なくなったのは命なのか。わからないまま、目を閉じた。