妻との再会
「三年間も家出して、なによ。あなた、タクシーで生活してたの?」
「……」
そう云われると、車を運転している谷村は、はっとした。彼がタクシーの乗務員になってから、今日でおよそ二年と十一箇月になる。彼は三年余り前、帰宅困難者となった。地震があったわけでも、電車が止まったわけでもなかった。自分の家を忘れてしまったのだ。勤め先も忘れた。家族も、友人も、恋人か妻かわからない誰かも、忘れてしまった。女性客が云うように、小説かドラマの登場人物のように、完全に記憶をなくしてしまったのだった。
「もう、黙ってないで、うんとかすんとか、云ってよね」
「……すみません。お客様は私が誰なのか、知っているんですね?」
「夫を忘れたりしないわ」
「えっ!?私がお客様の夫ですか?」
「悪ふざけもそろそろおしまいにしてくれない?」
「じゃあ、云いますよ。私は三年前に、記憶を失ってしまったんです。悪ふざけなんてしてません」
「そうなの?ご託並べるのもそこまでにして。きっちり落とし前をつけてもらうわよ」
「お、落とし前?何か、意味がよくわかりませんけど……」