海竜王 霆雷 銀と闇2
「つまり、それは、せっかくだから、彰とつるんどけ、ということか? 孤雲さん。」
がらりと言葉遣いを変えた主人に、相国も頷く。先代までの関係を覆したのは、当代の主人だ。敵対する種族の長を親友として迎えたことは、大々的に広めることが必要だ。それには、彰が連れてきた一族のものに対しても言えることで、水晶宮の主人である深雪と、シユウの長である彰が仲良く、過ごしていることは、その目に焼き付けさせなければならない。
「そういうことだ。・・・・それから、雷小僧も相手をしておいてくれ。」
「了解。みんなも、適当に休憩してくれよな。」
公式対応でないと、兄弟みたいな物言いになる。深雪の幕僚たちというのは、縦関係で繋がっているわけではないし、力関係でもない。完全な信頼関係によって繋がっているから、主人も、いちいち小難しいことは言わない。命じられた自分の役目を果たすために、衛将軍と共に、退出した。
そろそろ暇しないとな、と、彰も考えていた。さすがに簒奪して長の地位に就いた自分は、まだまだ、その支配関係も磐石なものではない。長く本拠地を離れるのは危険も伴う。それに、これで終わりではないから、長居するつもりもない。これからは、自分が会いたいと思ったら、すぐに会えるからだ。
隣で寝転んでいる親友に、「そろそろ帰る。」 と、言うと、「おう。」と、返事する。こちらも、すぐに逢えると分かっているから、引き止めるつもりはない。
「まあ、心配しなくても、何も起こっちゃいないさ。」
「・・・おまえな・・・人んちの覗きはやめろ。」
この親友、とんでもない能力があって、とても離れたシユウの本拠地すら見通すことができる。謀反の怖れはないということは、突き止めている。
「閨までは覗かないぜ? おまえの女房の顔が、どれか解らない。」
「まだ、いない。だが、帰ったら、探すことにする。・・・・深雪、俺のために力を使うな。もう十分だ。おまえが、これで寝込んでみろ? 俺は、華梨に八つ裂きだぞ?」
五十年前、それで、深雪は三月寝込んだ。見るだけではなく、こっそり守ってくれたからだ。
「見るぐらいで寝込まない。それほど、俺は弱くないぜ? 彰。」
「わかっている。だが、心配になるんだから、しょうがないだろう。」
見た目、穏やかで優しい水晶宮の主人だが、内包するものは、熱い。ぶちキレ状態の深雪が、どれほど怖いか、彰は、よく知っている数少ない一人だ。自分が殺されそうになった時より、自分が怪我を負わされた時の深雪のぶちキレ具合のほうが恐ろしいと思った。それに、何をやらかすかわからないので、できるだけ見た目のままで生きていてくれ、と、内心で願っている。
「もう、あんなことはやらねぇーよ。俺だって分別くらいはつく。」
さすが親友というところだろう。彰が内で願っていることを察知して苦笑している。
「・・・分別? おまえには、およそ皆無という部類の言葉だ。」
「ここんとこ、大人しくしてたよ。・・・・いろいろと忙しかったんでな。」
「その忙しいのに、うちの覗きが入ってるというところが分別無しに該当していると思うんだが、俺の思い違いか? 」
「だって、いろいろとヤバかっただろ? おまえ。気になるんだよ。」
「それで、俺は華梨に凹だったのは、いいのかよ? 」
こちらに挨拶に来て、水晶宮の女主人から、過去五十年に渡って、その夫が行っていた行状を説明されて、人目のないところで、叩きのめされた。どれほど、夫が心配して、心を砕いていたか体感しろ、と、その妻は波動を叩きつけたのだ。もちろん、それに気付いた夫が跳んできて止めたので、半殺し手前で終わったが、それでも、かなりの猛攻だった。つまり、それぐらい心配していたと言うことだ。
「ああ、ごめんな。華梨は、気が短いんだよ。」
「・・・・違うだろ? それは・・・・」
さやさやと涼やかな風が吹いてくる草原で、周囲には、ほとんど人の姿はない。この親友が、どれほど心配してくれたのか、それは、よくわかっている。今も、そうやって留守をしている本拠地の動向を把握してくれている。それで、体力を消耗することも承知の上だ。無事に、自分が玉座に在り続けるために、親友はこっそりと助力をしてくれている。
「もう十分だ。後は、俺がやることだ。これから体制を確固としたものにして、一族は纏める。」
誰にも誓わない。この親友にだけ誓う言葉だ。体制を整えて、一族を神仙界の代表的な種族として固定する。そうすることで、戦いを回避していく。他の種族との共存を目標にすれば、戦う必要はない。平和な世界というものを構築するには、戦う理由を失くすことが必要だ。竜族との軋轢は、自分と親友で消していく。これからは友好関係を結ぶ。それに逆らうものは容赦なく罰することになる。
「うちも、先代までの関係に固執する奴らを抑える。俺の次の代で、それは確立すると思うから、おまえのほうも、どうにかしろよ? 牛。」
「わかっているさ、バカ竜。」
記憶しているものは、長い時間をかけて払拭されていく。当代一代では無理だ。これから先に、本当の友好関係は結ばれる。その努力は当代から次代へと引き継がれなければならない。だから、深雪は、彰に子供を作れ、と、言うのだ。自分たちの後を引き継いでいくものがいなければ、この関係は崩れてしまうからだ。次代を育てるまで、どちらも死ねない。
「死ぬヘマすんなよ。」
「おまえこそ。」
ふたりして、言い合って笑った。まだまだ終わりではない。とても長い時間が必要なことだ。それが終わったら、どちらも自分の身にひとつしかないものを、相手に贈る約束をしている。ひとつしかないし、相手の一族は、けっして持っていないものだ。友好の証として、これほど相応しいものはない。それを贈るには、互いが死んでいることが条件で、それを相手に届ける次代が必要だからだ。
「ああ、忘れてた。うちのちびの後見な、東じいさんと西ばあさんがするから、おまえは退け。」
何気なく、そう深雪は言ったが、これが他のものだったら、その当人たちから叩きのめされるような呼称だ。
「おまえ、何気に神仙界最強だよな? おまえだけだぞ? その呼び方。」
この親友、とんでもないことが、まだある。様々な知り合いがいるのだが、その呼び方が、おまえ、天帝より偉くないか? というくらい、ざっくばらんだったりする。
「公式には、ちゃんとしてるからいいだろ? だいたい、俺が公式の呼称で呼んだら、みんなして泣き真似すんだぞ? 東じいさんなんか、本気で泣くんだからな。・・・・こっちは、気をつけてるっていうのにさ。」
「・・・そうだったな・・・・」
なぜ、そんなに他人行儀なのだ? と、東王父が嘆いた場面を、彰も何度か見ている。可愛くて仕方のない孫からの冷たい拒絶だ、と、嘆かれて、深雪も困っていたからだ。本当は、東王父の地位や名誉が貶められるのを心配したからだ。竜族にばかり加担するとは、何事だ、と、非難されていたのは、その当時、有名なことだった。だから、なるべく近寄らせないように、深雪も努力していたのだ。
「けど、もういいんじゃないか? 今のおまえに、とやかく言うやつはいないだろ? 」
作品名:海竜王 霆雷 銀と闇2 作家名:篠義