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てっしゅう
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「哀の川」 第七章 二人の再婚

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「アメリカの不動産を処分したお金はここの国の債権になって残してある。税金逃れだ。一部を君の新しい苗字で名義変更しておくよ。なんて名前だい?」
「斉藤」
「じゃあ、斉藤麻子と斉藤純一で分けておくから。出来たら連絡するよ。元気で暮らせよ。ご両親にもよろしく言ってくれ。俺はまだ帰れないから」
「うん、ありがとう。連絡待ってるわ。あなたこそ、身体に気をつけてね」

麻子は少し安心した気持ちで、功一郎とホテルで別れた。すべてが済んで、晴れて直樹と暮らせる喜びが感じられた。

直樹は麻子が帰国する一日前に実家に帰ってきた。久しぶりに見る息子の姿に母親は嬉しそうに迎え入れた。父が帰宅して、三つ上の姉が帰るのを待って家族揃って食事が始まった。父は還暦を過ぎ今は嘱託で仕事をしている。母は腰の具合がよくないので専業主婦だ。姉は、結婚したが、今は離婚して実家に住んでいる。子供はいなかった。直樹は自分の結婚話を切り出した。

「おかあちゃん、ボクなあ、好きな人できてん。今は結婚してはるけど、もう離婚は決まってんねん。子供が居るけどええ子や、仲良くしとるし、向うの御両親も賛成してくれてはる。何でや、と思うやろうが好きになってしもうたから、仕方ないねん。ずっと勤めてきた会社も辞めて今年独立するし、その人の協力が必要なんや。二人で幸せになるさかいに、許してくれへんか?」しっかり、関西言葉に変わっていた。

母はびっくりしたような表情になって、父親の顔を覗き込み、口を開いた。
「直樹、あんたが好きになったんならそれでええやないか。お相手のお嬢さんもあんたのこと好きなんやろ?結婚はなあ、好き同士やないといかんで。杏子みてみい、好きや無いのに、エリートやさかいに言うて、一緒になって・・・どうや、浮気されて捨てられて。そんなんが、一番あかんねん!そやろ、父ちゃん?」
「杏子のことは言わんでもええがな。直樹、おかあちゃんの言う通りや。お前を大切に考えてくれてはるんやったら、ええ話や無いか。紹介してくれるんやろ?」
「うん、そうやねん、それで帰って来てん。明日な、伊丹につくねん。ここに連れて来るから会うて。姉ちゃんも一緒にあかんか?」
姉は杏子といった。34歳になっている。直樹とは性格も顔立ちも違うが二人だけの兄弟だ。神戸女学院の時はミスにも選ばれた端正な顔立ちの美人だ。

「直ちゃん、私はええよ。そのひと見たいし、仲良くなれたら嬉しいわ。東京も行ってみたいし・・・」
「そうか、そうやったら明日の同じ時間にどっかでご飯しょう!姉ちゃん知らんか?ええとこ」
「ん〜そやな、五人やろ・・・六甲ホテルの景色ええとこにしょうか?」
「それええわ。なあ、母ちゃん父ちゃん?それでええやろ?」
「そないしょうか、みんなで出かけるのもごっつい久しぶりやしな、はりこまなあかんなあ、ハハハ・・・」

はりこむ、とは気前よくお金を出すという意味だ。

直樹は次の日伊丹空港にいた。麻子を乗せたJAL便は、少し遅れて午後三時に到着した。到着ゲートで手を振りながら麻子は駆け寄ってきた。たくさんの紙袋を下げていた。御両親と姉へのお土産とプレゼントを買ってきたと話した。直樹が半分持って、停まっているタクシーに乗り込んだ。初めて見る神戸の町に少し散歩してみたくなった麻子は、タクシーをポートタワーに向かわせた。直樹がそこに行こうと指示したのだ。

「海はいいわね、香港もきれいだったから。そういえば神戸といえば六甲山の夜景よね?香港も100万ドルの夜景とか言ってるし・・・」
「そうだよ、海と六甲山、それにタイガースだよ、ハハハ・・・」
「野球?熱烈らしいね」
「まあ、優勝したら川に飛び込むからね。熱狂的だよ、虎刈りって言うし、ハハハ・・・」

二人は場所が違うためか、何かと話が弾んでいた。麻子が心配そうに聞いてきた。

「ねえ、私のこと御両親に話したんでしょう?どういわれたの?」
「ああ、賛成してくれたよ。大丈夫だから安心して。それよりキミの方はどうだったの?応じてくれたの?」
「ええ、これ見て・・・」麻子は離婚届を見せた。夫功一郎のサインと印鑑が押してある。もちろん麻子は先に署名して捺印していた。
「そうか、晴れて一人になれたね。正式には半年後しか入籍できないけど、今から夫婦も同然だよ」
「そうね、詳しくはまた話すけど、私の連帯保証分の金額は功一郎さんの所有している香港国債で賄ってくれるって。まったく不安が無いわけじゃないけど、ひとまず安心できたから良かったわ」
「そうか、万歳だね。今日は両親、姉と食事をすることになっているから、正々堂々とキミを紹介できるよ。夜景のきれいな六甲ホテルだから、満足できるよきっと・・・」

心地よい風が海から吹いていた。時折聞こえる警笛のボーという音が、港町神戸の風情を濃くしていた。いつしか二人は強く抱き合い、キスをしていた。周りの風景に自然とマッチする直樹と麻子の姿だった。

麻子が香港に出かけた日、見送りに行った裕子は成田で少し時間を取って話していた。

「麻子、直樹さんとの結婚って半年後になるから10月よね、早くて。わたしと美津夫さんもその頃にって考えているの。新しい会社のビルが出来たらそのお祝いとわたし達の結婚式を兼ねて、身内だけで披露宴をやらない?世間にはおおっぴらに宣伝できないから、そっとね。けじめも要るから、そうしたいの。どう?」
「ええ、姉さん。それがいいわね。直樹も仕事始めたら忙しくなるだろうし、美津夫さんも同様だと思うから、まとめて済ませた方が合理的ね。それと、イギリスへは五人で行きましょうよ。婚前旅行だけど、新婚旅行って行くのは恥ずかしいから、その方がいいんじゃない?」
「そうだね、新婚だけどあなたも、美津夫さんも中古だからね、ハハハ・・・」
「言い方がひどい!乗り物じゃないわよ、姉さん・・・たら」
「継ぎはぎが見えないだけましね・・・ゴメン、言いすぎかな」
「もっとひどいわ!」

麻子は帰ってきてから直樹と相談して、早めに建て替えに着手して、いろんなスケジュールを決めてゆきたいと裕子に話した。裕子は、出来るだけ協力すると約束した。
麻子を乗せたJAL便香港行きは、まもなく離陸した。麻子の夢を一緒に乗せて、大空のかなたへ消えて行った。

しばらく経って裕子は体調の変化を感じ始めていた。以前にも経験した事のある変化だ。どうやら、美津夫との15年ぶりの行為で妊娠したらしい。なんと出来やすい身体なんだと、悔やんだが、しかし、昔と違い今なら生めるからその思いはやがて幸せな気持ちへの変化となるのだろう。そう信じて、美津夫に打ち明ける事にした。

夕刻の約束の時間に六甲山ホテルに着いた直樹と麻子は、予約してあるレストランへ通された。まだ薄明るいが、山の斜面の向こうには神戸の町が見える。日が落ちて真っ暗になったら家々の明かりが宝石をちりばめたように輝き、幻想的な風景を窓越しに覗えるようになる。直樹の両親と姉はすでに席についていた。麻子を紹介して、隣り合わせに席に着いた。

「初めまして、山崎麻子と言います。よろしくお願いします」
「僕が紹介するよ、父の龍造と母の隆子、そして姉の杏子」