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海竜王 霆雷 銀と闇1

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 朱雀の長は、主人夫婦の背後に控えている次期に目を留めて微笑んだ。彼女は、現在、伴侶探しの旅をしていて、なかなか出会うことのできない相手だからだ。
「お時間はございますか? 胡義兄上。」
「ええ、こちらでは、あなた方とゆっくりさせていただこうと時間は、たっぷりと取ってあります。」
「では、奥で少し休息など。」
「ええ。」
 華梨が、公宮の奥へと案内する。ここは、公式の場所だから、詳しい話は憚られたからだ。
 公宮の中庭にある東屋へと誘い、そこで一服、席を設けると近従たちも下がらせた。華梨と美愛も席を外した。朱雀の長は、主人が幼少の頃からの知り合いで、子守りをしてくれたこともある。だから、二人でゆっくりと近況など語り合えばいいだろうという心遣いだ。胡も気分的には、保護者の気分だから、主人である深雪の横に並んで座っている。顔色もいいし、機嫌もいい、だから、良いことがあったのだろうと思っていた。
「何かありましたか? 深雪。」
「まあ、ご推察の通りですよ、義兄上。・・・・・美愛が婿を選んで戻ったのです。」
「ああ、とうとう、お選びになったのか。それは重畳だ。・・・・それなら、あなたが安堵するのも分かります。」
 これで、深雪は竜の理を全て成し遂げたことになる。次代が、仕事を補佐してくれれば無理をすることもなくなる。しかし、義理の弟は苦笑する。
「何か、問題が? 」
「問題ではありません。ただ、婿殿は元人間で私の時より、お小さいので、これから二百年の時を要して教育せねばならないのですよ。なんだか、おかしい巡り合わせです。」
「ええ? 深雪より小さい? 」
 まあ、そりゃ驚くだろう。朱雀の長が、深雪と出会った時だって信じられないぐらい小さかったのだから、それ以上となれば、赤ん坊と呼ぶ世代ということになる。
「また、ご迷惑をおかけするやもしれません。胡義兄上、二世代続けてで申し訳ありません。」
「いや、迷惑などと・・・・私は一度も思ったことがありませんよ、深雪。あなたは、とても可愛くて相手をするのが楽しかった。・・・・では、今回も後見が必要ですね。」
「はい、そういうことになるでしょう。」
 人間から竜族に変異すると、身内というものが一切ない。妻の両親は、妻の後見になるから兼ねることはできない。だから、深雪には別の後見が用意された。いや、用意というより勝手に自薦して収まったが正しい。なにせ、本来は一人ないしは夫婦一組でいいのに、夫婦一組と別に一人が、その地位に就いたからだ。それも有り得ないほどの豪華な陣容だった。その時は、まだ胡は次期で、それに名乗りを上げることもできない立場だったが、今度は違う。
「あなたのためになるのなら、私は喜んで後見に名乗りをあげます。前回は白虎が就いたのですから、今度は朱雀でもよいはずだ。」
「義兄上、当人も見ずに、そんなことを・・・・」
「私は、あなたが認める相手であるなら、それでよい。そうなのでしょう? 深雪。あなたの心眼は外れることはない。」
 相手の心を読むことができる深雪や美愛に、間違うということはない。それに、黄龍が選んだ相手だ。何かしらの特殊な能力も携えているだろう。それらから考えれば、相手など見る必要はない。
「それに、私は姻戚のものだから、『顔見せ』が終わらなければ逢うことは叶わない。だから、それでよろしいのですよ。・・・・・正式な表明は、後日にするとして・・・・そうそう、あなたが好きなお菓子を持参しました。これは滋養もあるから、召し上がってください。」
 胡が懐から取り出したのは、松の実が入った月餅だった。もうなんていうか、幼少時を知っているものというのは、何かしら深雪に食べ物を与えたがる。たくさん持ってきたからね、と、深雪の手に握らせた月餅を見ながら、義理の兄は微笑む。おそらく、この何十倍かの月餅を土産に用意したのだろう。
「・・・胡義兄上・・・・」
「あなたは、滋養のあるものを嫌がるが、これならおいしいと言う。離れているから、たまにしか用意してあげられないのが残念だ。」
「元気ですよ? 私は。」
「だが、これから、婿殿の養育もするのなら、体力はいつにもまして入用だ。いろいろと送るから、試してみなさい。」
「だから、胡兄、俺はぴんぴんしているってっっ。子供じゃないんだから、お菓子ばっかり持ってくるなよっっ。」
 誰もいないから、つい、いつもの口調に戻ったら、楽しそうに義理の兄は笑って抱き締めてくれる。小さい頃の虚弱な身体を知っているから、元気な啖呵を聞くと嬉しくなるらしい。
「あははは・・・うんうん、元気そうで何よりだ。本当に、あなたは可愛い。」
「・・・もう・・・・胡兄も過保護過ぎるんだよ。でも、ありがとう、後見は、今のところ、まだ何も決まっていないけど、みんなと相談してみるよ。」
「そうだね。・・・・私では力不足かもしれない。もし、そうなら遠慮せず反故になさい。それでも、私は婿殿の伯父になるから手出しは可能だ。」
 神仙界の力関係というものがある。だから、後見を定めるには、それらも考える必要がある。この義弟には、力を貸したいと願うものが多い。前回、後見が決まってからではあったが、玄武も名乗りをあげたと聞いている。そうなると、今回も断るというのは難しいだろうと、胡は、そう告げた。それに、義弟は、シユウの長と天帝の孫も親しくしている。そちらからも何か言われるかもしれない。
「・・・うん・・・それもなんだけど、西王母様と東王父様が、また言い出しそうなんだ。」
「え? 」
 抱き締められている腕に深雪は凭れこんで、そう呟く。深雪の後見であったが、成人して、その任は解かれている。だから、また再度、名乗りをあげそうだと、深雪は考えている。おかしな繋がりがあって、深雪は、あの夫婦の孫のような関係になる。だから、深雪に関係するものには、一も二もなく手を差し伸べようとするのだ。
「あの二人が言い出すと、俺でも断るのは難しいからさ。というか、もう、勝手にやってくれちゃうから、どうにもできないんだ。」
「そりゃ、あなたのことが可愛くて仕方がないお方たちだからね。・・・・あなたもいけないんだよ? あんなに可愛がって心を砕いてくださるのに、ちっとも相手をしないんだから。」
「そうなんだけど・・・・でも、文里伯父上の時も、いろいろとあったから・・・俺まで甘えると、あの二人に迷惑かかるからさ。」
 神仙界の神である二人が、ひとつの種族に肩入れするのは、あまり良いことてはない。均衡が保たれている関係を壊すことになるからだ。だから、深雪は、後見の二人に、ほとんど公式にしか接しないという態度を貫いていた。そうしなければ、何かあった時に、東王父と西王母が非難されるからだ。相手も、それは理解していたが、それでも寂しいと漏らしていたのは、胡も知っている。
「俺だけでなく、さらに、うちのちびまで後見するとか言い出したら、もう、なんていうかさ、神仙界を敵に回しそうな勢いだろ? だから、断りたいんだけどさ。」
作品名:海竜王 霆雷 銀と闇1 作家名:篠義