新月の夜に
次の満月の日は、午後から雲に覆われた空で見ることはできなかった。
女は、ベランダから恨めしく空を眺めた。
その翌月は、女が川沿いに向けて歩いて行くと、そこに男は来ていた。
女は、それ以上行くのは止めようと、踵を返そうとした時、振り返った男と目があった。
特に意識しているわけではなかったが、急に態度を変えるのも意識しているようで可笑しなものだ。
女は、そのまま川沿いまで歩いた。
「こんばんは。」
「こんばんは。今夜の月はどうですか?」
「空気が冷たくなってきたからかしら、綺麗に見えますね。」
「空気が冷えると綺麗に見えるんですか?」
「さあ、分かりません。適当にそう思ったんですけど。」
女は、俯いた。
「寒くないですか?それに月は上ですよ。」
隣に来た男は、女の顎をすっと持ち上げると、唇に触れた。
女は、瞬きを忘れたように男を見たが、男から離れ、満月を見上げた。
男も少し間を取ったまま見上げた。
「何かありましたか?」
女は、男を見るわけでもなくポツリと呟いた。
「え?」
女はそれ以上に話さない。
「いえ、べつに何もありませんよ。ただまた会えてよかったって思って。」
女は、ゆっくりと男を見た。
「そうですか。突然あんなことをされたので、何か嫌なことでもおありだったかと。
昼間の不満の腹癒せとか。」
男は、一気に女に近づいた。
「そんなことしませんよ。腹癒せなんて・・・。」
「ご、ごめんなさい。・・・って私が謝るのも可笑しい。」
「す、すみません。こちらこそ。」
「帰ります。」
女は、振り返った。後姿に男は言った。
「あの今度も会えますか?」
女は、再び男のほうへ向き直った。
「私・・。」
「ご主人のいらっしゃる方とはわかっています。でもお話したくて。来月も待っていますから。」
女は家路へと帰った。