顔のない花嫁
「それで、ここが最近流行りのモール」
あれから、かれこれ二時間が経過していてアレンはこの街の四分の一を案内し終えていた。
しかし、これだけ歩くとお腹が減る物である。
モール前の階段付近に差し掛かった時、アレンのお腹がグゥと鳴った。
「なぁ、そろそろ腹減らない?」
アレンは二人を振り返った。
見ると、二人ともアレンと同じような表情をしている。
「うん、確かにお腹減ったかも」
「私も……あっ」
何かを閃いた様にマリアの表情がパッと輝いた。
「ねぇお兄ちゃん。この辺りに確か、カススが美味しいお店があったよね」
カススとはパンに野菜や肉などをサンドした、ファーストフード類の総称だ。
使われるパンの素材にはバラの花弁が使われているため、「カススを食べると恋愛成就出来る」と言われている。
「ああ、あそこか。確かに美味いよなあそこのカスス。よし、ぼくが二人の分も買ってくるからちょっとここで待ってて」
そう言うとアレンは二人に背を向けて階段を下りて言った。
その背中を見送りながらポツリとレイスが呟いた。
「やっぱアレンてかっこいいよ……」
「え……?」
マリアに聞き返されて、レイスは思わず自分の口から言葉が漏れてしまっていたことに気付いた。
「何か言いました……?」
しかしその様子から、何を言っているのかまでは聞き取れていないらしいことが分かってレイスは胸を撫で下ろした。
「なんでもないよ」
「ふぅん……」
マリアは怪訝そうな顔をしていたが、それ以上レイスの言葉を追及しようとはしなかった。
その代わりにマリアは悪戯っぽく笑ってから口を開いた。
「ねぇ、レイスさん」
「何?」
「私、ちょっとトイレに行って来ます。だからもし私が遅かったら、先にお兄ちゃんと二人で食べててください」
「えっ……?ちょっとそれどういう……」
しかしレイスの言葉を最後まで聞かず、マリアはニヤリと笑いながら彼女に背を向けてモールの方に駆けて行った。
後には、ポカンとした表情のレイスが一人ポツンと取り残されるだけであった。
まったくあの子は何を考えているのかしら……二人で食べていてください?まさかさっきの呟き全部聞かれてたのかしら?……でもコレってマリアちゃんが私のこと応援してくれてるってことよね……?ならそれはそれで……。
嬉しそうにあれこれ考えているレイス。
しかしそんなレイスの表情とは対照的に冷たい目つきの女がレイスを見つめていた。
その目に宿っているのはどす黒い狂気。
狂気の持ち主はこう考える。
今、あの女は一人……やるのなら今だ。
真っ黒なフードを深く被った女はつかつかとレイスの背後に歩み寄った。
無防備な彼女の後姿に……。
「もうアレンには近づくな」
「え……?」
突如背後から聞こえた声。
レイスはあわてて振り返ろうとした。
……しかしそれよりも早く、女は力いっぱいレイスを突き飛ばした。
階段をCASUS(落下)していくレイスを見て女は満足そうに笑った。