顔のない花嫁
アレンはすっきりしない気持ちのまま仕事に向かった。
彼の仕事は運び屋。
運び屋は依頼人から預けられた書物や荷物を依頼先に届ける仕事だ。
お世辞にも高い給料をもらっているとは言えなかったが、それでもアレンは満足していた。
彼は今日も、いつのもの様に書類の束を入れた鞄を持って街中を駆け回っていた。
こうして仕事に夢中になっていると、嫌なことでもすぐに忘れることが出来る。
だからアレンはなるべくあの夢のことは考えないようにしていた。
そうすればきっとすぐに忘れられるはずだから―。
「あっ」
……しかし思考を停止させすぎるのも考えもので現に彼は今、こうして他の人にぶつかり、書類の束を地面にぶちまけてしまっていた。
「いててっ……どうもすいません」
地面に打ち付けた尻を痛そうにさすりながらアレンは立ち上がった。
そしてそれからあわてて書類を拾い集め始める。
どれか一つでもなくせば大変だ―。
「いえいえ、私の方こそごめんなさいね」
言いながら相手の女性はすっと拾った書類の束をアレンに渡してくれた。
「ああ……ありがとうございます」
書類を受け取るために顔を上げて、アレンは目の前の女性に見覚えがあることに気付いた。
相手の女性もアレンに気付いた様で驚いた様子で口を大きく開いた。
「あなた……もしかしてアレン?」
「ああ、それで……そういう君はレイスかい?」
アレンの言葉を受けてレイス―アレンの幼馴染―は嬉しそうに顔をほころばせた。
「そうそう。良かったぁー覚えててくれたんだ!」
「おいおい、ぼくの記憶力を馬鹿にしないでくれよ。あれだけ色々悪さをした君の顔をぼくが忘れるわけないだろ?」
ふっと笑ってからアレンは再び書類を拾い始める。
「うーん……あんまり嬉しくない覚えられ方だけどまぁ覚えててくれただけ良しとしようか」
言いながらレイスもアレンの書類拾いを手伝ってくれた。
二人でやれば当然、一人でするよりも早いわけで、すぐに二人は全ての書類を拾い終わった。
「それにしても奇遇よねぇ」
アレンが書類を鞄に押し入れるのを見ながらレイスは言った。
「まさかこんなところで再会するなんて」
パチン。アレンはなんとか全ての書類を鞄に押し込むことに成功した。
「あなたにまた会えるなんて思ってもみなかったわ」
レイスの言葉にアレンはうなづく。
「まったくだね。子供の頃はよく遊んだとはいえ、大人になってからはまったく連絡を取ってなかったからね。てっきりもう会わないものかと思ったよ」
「あははっ、私もよ」
それからレイスは「あっ」と何かを思いついたように続けた。
「そうだ、せっかく再会したんだからこれから一緒にお茶でも飲まない?私、最近良いお店見つけたのよ」
その申し出はありがたかったし、出来ることならアレンもレイスと久々に語り合いたいことが山ほどあったが、あいにく今は仕事中だ。
アレンはハァ……と残念そうにため息をついた。
「悪いけど今仕事中なんだよ」
レイスがしまった、という表情を浮かべる。
それを見て、アレンは苦笑する。
こういう天然なところは相変わらずな様だ。
「あっ……うん。ごめん忘れてた」
少々気落ちした様子のレイス。
それを見ているとなんだか罪悪感を感じてしまう。
「あっじゃあさ今度、休みが取れた日に一緒に行こうよ。二日後なら予定空いてるんだ」
アレンの言葉を聞いて、レイスは顔を輝かせる。
「本当……!?」
「うん。それでどこ
しかしテンションの上がったレイスはアレンの言葉を遮ってしまった。
「じゃあさ、ついでにこの街の案内もしてくれないかな……!?私二週間前に越して来たばかりでまだあまり知らないんだよね」
「あっ……うん。別に良いよ」
どうせその日は一日中予定が空いているのだ、街の案内くらいしてあげても良いだろう。
アレンは快く案内人を引き受けた。