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顔のない花嫁

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狭間ノ刻3


「……何でよ」
オノで殴られて意識を失ったアレンを見下ろしてマリアは不機嫌そうにつぶやく。
一体どうして―何で毎回邪魔が入る?
あの女を始末して、今度は自分が花嫁になるはずだった。
なのに何で、一体どうして―。
マリアはアレンの体を引きずって自宅まで戻った。
ああ―こうして時間を巻き戻すのももう何度目だろう。
マリアは自室への扉を開けた。
そこには怪しげな道具がたくさん置かれている。
そう、ここが愛と狂気に彩られた彼女の部屋。
マリアは机に置かれた自分とアレンの写真を見つめた。
それは自分とアレンが幼い頃に撮った写真。
アレンと自分だけが映っている彼女にとっての宝物。
この写真を見るたびに様々な思い出が蘇って来る。
中でも鮮明に思い出せるのはアレンが自分をいじめっ子から守ってくれた時のこと。
マリアは弱かったからみんなが寄ってたかって彼女をいじめた。
誰も愛せない―そんな彼女の世界でただ一人の王子様がアレンだった。
自分よりも体が大きいいじめっ子の前に立ちふさがってアレンは言った。
「ぼくの妹をいじめるな」
うれしかった。
その時のことを思い出してマリアはポロポロと涙を零した。
あの時、あの瞬間からマリアはアレンのことを好きになった。
兄妹なのに、そんなのいけないって分かってるのに彼女はそれを止めることは出来なかった。
それどころか彼女のその想いは日に日に大きくなっていった。
そして彼女のその強い想いはいつしか狂気へと変わっていく。
そしてその狂気が暴走したのは、アレンの前にあの女が現れた時。
アリス―アレンがこの世で一番愛した人。
二人の結婚はすぐに決まった。
お似合いの二人。
誰もが二人を祝福した。
でもマリアは許せなかった。
アレンが自分以外の女と結ばれてしまうのがどうしても許せなかった。
そうして彼女はいつしか黒魔術の道へと走っていった。
彼女が自分とアレンの障害となるなら消してしまえば良い。
そんな邪な考えに囚われた彼女は自分の欲望に従ってアリスを殺してしまった―。
後悔なんてしなかった。
いや、むしろ彼女の心に湧いて来たのは悦びの念。
あの女の存在を消してやった。
命を奪っただけじゃない。
邪悪な術を使ってあの女に関する記憶も消してやった。
全ての人から彼女の記憶が失われた。
こうしてアリスという一人の女性は世界から“抹消された”。
これで邪魔者はいなくなった―。
もうマリアを止める理性なんてなかった。
追い求めるのはアレンとの未来。
ただそれだけ。
マリアは時間を巻き戻した。
アレンがアリスと出会う前の、その日まで。
あの女がいなくなったことによってもうアレンを惑わす存在はいない。
そう彼女は悦んだ。
でも違った。
運命は彼女とアレンが結ばれるのを認めなかった。
アリスを消しても次の女が現れたのだ。
その女を殺しても次の女が現れて、その女を殺しても次の女が―。
それでも彼女はあきらめなかった。
アレンの前に女が現れるたびに彼女はその女の存在を消してやった。
何度も何度も繰り返せばいずれ自分はアレンと結ばれる、そう信じて―。
しかしもう残された時間は少ない。
何度も何度もループを繰り返すことによって彼女の力は次第に弱まって来ていた。
最初はすぐに効いていたアレンへの催眠術ももう効かなくなっしまっている。
いずれ彼女の力は完全になくなるだろう。
そうすると今までの彼女の行為も全てリセットされ運命は始まりへと戻り、“時の分岐点は収束する”。
だからそれまでに決着をつけなければならない。
マリアは砂時計を手に取った。
自分がアレンと結ばれるまで、何度でも繰り返してやる。
揺るがない彼女の決意。
でもとっくに彼女の体には限界が来ていた。
黒魔術……特に彼女が行う時間を巻き戻す術は使用者の命の危険すらも伴う。
一度だけだって危険なその術をマリアは何度も繰り返したのだ。
限界が来るのは時間の問題だった。
先ほど、マリアに残された時間は少ないと記したが訂正しよう。
マリアにはもう残された時間がない―。
もう一度砂時計をひっくり返そうとした瞬間、マリアの体から急に力が抜けて彼女の体はドサリと床に倒れた。
ついに訪れたのだ。
何度も何度も時間を巻き戻すその力を使用した代償を払う時が。
……しかしマリアの信念は凄まじかった。
もう体はとっくに限界を迎えているというのに、それでも彼女は砂時計を手に取った。
「さぁ……もう一度繰り返そう……」

















作品名:顔のない花嫁 作家名:逢坂愛発