顔のない花嫁
それから二日後、アレンはクリスとの待ち合わせ場所である喫茶店に向かっていた。
レストランで食事をした際の帰り際に約束を取り付けておいたのだ。
喫茶店に近づくたびに自然と軽くなる足取り。
周りの全ての景色が明るく見える。
見慣れている近所の家々でさえ輝かしい光を放つお菓子の家に見えてくる。
……その時、突如アレンを目まいが襲った。
視界が揺れ、奇妙なヴィジョンが映り込む。
周囲に見えるのは真っ白な教会。
そして目の前に立つのはあの花嫁。
どうしても顔の部分だけが見えないあの花嫁だ。
“ねぇ、本当に忘れてしまったの?”。
花嫁の顔にノイズが走った。
そんなノイズの中でチラリチラリと見える彼女の“顔”。
“本当に彼女を覚えていないの?”。
頭の中で木霊する誰かの声。
アレンは頭を振ってその声を振り払おうとした。
でもその声は消えない。
だってその声は彼自身の―。
“ホラ、思い出しなよ。彼女だよ。君が最も愛した最愛の―。
アレンは絶叫した。
「何だ……何なんだよコレは……」
アレンは頭を手で押さえよろよろと歩く。
なんだか自分が自分でなくなってしまう。
そんな気がして怖かった。
早くクリスの所に行こう。
ぼくの愛する彼女の元へ―。
ふらつく足取りでアレンは喫茶店にたどり着いた。
しかしそこで彼を待っていたもの。
それは―真っ赤な地獄。
店の外に置かれたテーブルやチェアに深紅の虹がかかり、その上で開いている華やかなパラソルは赤一色に染め上げられていた。
そしてそんな“深紅の森”の中心で眠る姫君。
クリスが頭から血を流して倒れていた。
近くに立つのはあの黒フードの女。
彼女が持っているのは恐ろしく鋭いオノ。
その刃は帰り血で真っ赤に染まっていた。
「な……何なんだよコレ……」
ショックのあまりその場にくず折れるアレン。
そんな彼を見て、女は肩をすくめる。
「くそっ。やっぱり今回は効かなかったみたいね」
女がこちらを向いた際に、フードの奥に女の顔が見えた。
女の顔を見てアレンは絶句する。
真っ黒なフードの奥にあったのは見慣れた妹の顔だった―。
「マ……マリア……?な……一体なんで……?」
もうワケが分からない。
あの夢は一体何なんだ?
なんでクリスさんが殺されなきゃいけないんだ。
それに何でマリアがあんな―。
ガラガラ。
何かを地面に引きずる乾いた音。
アレンが虚ろな目を向けると目の前にマリアが立っていた。
その表情はアレンが知るマリアとは似ても似つかないまったくの別人だった。
アレンを見下ろすその瞳の奥にあるのはどす黒い狂気。
狂気を孕んだ目でアレンを見つめながらマリアはオノを振り上げる。
「また―“零”からやり直しだ」
アレンの頭に凄まじい衝撃が伝わった。
それと同時にグラリと倒れる彼の体。
視界の中の全てが回転し、全てが歪んだ。
ゆっくりと彼の視界を漆黒の闇が飲み込んで行き、そして何も見えなくなった―。