顔のない花嫁
食事を終えて、アレンもクリスも満腹感に浸っていた。
クリスがワインの入ったグラスを口元で傾ける。
中に入っている紫色の液体がすーっと滑って彼女の口の中へ消えた。
そんな様子をアレンはぼーっとした表情で見つめていた。
そんなアレンに気付いてクリスは悪戯っぽく笑う。
「うふふっ。何見てるのよ」
そう言われて、ようやく自分が彼女を凝視していたことに気付き、アレンはあわてて顔をそらした。
そんな彼を見て、クリスは再び笑う。
「うっふふ。良いのよ。あなたがあたしを食事に誘ってくれた理由もなんとなく分かるし」
「えっ?」
艶っぽい笑みを浮かべてクリスは続ける。
その目はじっとアレンの目を見据えていた。
「惚れたんでしょ?あたしに」
あまりにもストレートな質問。
もちろん答えは“YES”なのだが、答えを渋って口に出来ない。
そんなアレンを見つめながらクリスは再びグラスを口元に傾けた。
「良くいるのよ。あなたみたいにあたしのこと食事に誘ってくれる人。なんだか自覚ないんだけどあたしにはどうも男を引きつける“匂い”があるらしいのよ。……何のことかさっぱり分からないんだけどそんなわけであたしに言い寄って来る男は何人もいるわけ。……でもあなたは何かが違う気がする」
「えっ……?」
「あなたはただあたしの“匂い”に惹かれて来たんじゃない。……何か理由があるんでしょ?」
たしかにアレンが彼女を食事に誘ったのは彼女の容貌が良かったからだけではなかった。
確かに彼女の容貌は周りの女性から浮いて見えるほど美しいけれど、それよりもアレンは彼女に何か運命的な力を感じたのだ。
そう……あの夢の中の女性だ。
しかしこれをどう説明すれば良いのだろう?
アレンはまったく言葉が思い浮かばなかった。
「もお、また黙秘する気?」
拗ねた様に頬を膨らませるクリス。
大人びた容貌の彼女が珍しく見せる子供っぽい仕草だ。
「ごめんなさい……でもうまく説明できないんです」
クリスは黙ってアレンの言葉の続きを待つ。
「突拍子もない話になっちゃうかもしれないけど……それでも聞いてくれますか?」
クリスは首を縦に振る。
「どんな突拍子もない話でも聞いてあげるよ。ホラ、早くお話し」
アレンは息を深く吸い込んだ。
まずは深呼吸をして気分を落ちつける。
そしてグラスに入っているブランデーを口に運んだ。
甘い液体を喉の奥に流し込み、ようやくアレンは覚悟を決める。
「実は先日、とても奇妙な夢を見たんです」
アレンが話したのはひどく奇妙な夢の話。
そしてそれから彼がクリスに感じた“運命的な何か”について。
それを興味深げに聞くクリス。
「それで……その夢の中の花嫁があたしかもしれないって?」
アレンは黙ってうなづく。
ああ―妙な話をしてしまった。
アレンは後になって後悔した。
しかしそれはもう遅すぎる後悔。
ああ―僕は嫌われてしまう。
突然出会ったばかりの人間に花嫁だと言われるなんて気持ち悪い以外の何物でもない。
しかしクリスの反応は穏やかだった。
「ふーんそう。じゃあ前世の記憶か何かかしら……」
手に顎を添えて考えるクリス。
そんな彼女をアレンは不思議そうな表情で見つめた。
「何でですか?」
「えっ?だってそういう可能性が一番高いでしょ」
「いや、そうじゃなくて、どうしてあんな突拍子もないこと信じてくれるんですか?」
アレンの言葉にクリスは肩をすくめる。
「実はさ、運命的な力感じてるのあなただけじゃないのよ」
「えっ?どういうことですか、それ」
クリスは自嘲する様に笑う。
そしてそれからはにかみながら答えた。
「あたしも感じたんだ。あの日、あなたと廊下でぶつかった瞬間に」
それはつまりどういうことだろう。
もしや、やはりこの二人の出会いは運命的な何かだった?