顔のない花嫁
もしかしたらクリスが夢の中の女性なのかもしれない。
時が経つにつれてアレンはそう考えるようになっていた。
もちろん一目ぼれによる先入観はあるのだろうけど、それだけではない気がした。
この出会いは偶然ではない気が―。
その日、アレンは思い切ってクリスを食事に誘うことにした。
そうすれば夢の中の女性についての手掛かり、あるいはクリスがあの女性だという証拠が見つかるかもしれない―まあもっともこれは今のアレンの心理状態が導き出した詭弁なのだろうけど。
よしっ―行くぞ。
アレンは深呼吸をして覚悟を固めると同僚たちと話すクリスの方に向かった。
「クリスさん」
アレンが呼びかけるとクリスは楽しげに笑いながらこちらを振り返った。
反射的にドキリとするアレンの胸。
「あら、あなたさっきの……。何か用かしら?」
クリスが切れ長の目を細めて言う。
あらためてこうして目の前に立つとどうしても言葉が出て来なくなってしまう。
うまく言葉を絞り出せずに右往左往するアレンを見てクリスの同僚はくすくすと笑った。
「お邪魔みたいね。後はお二人でどうぞ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら同僚たちは去って行った。
「もう、何言ってんのよ」
そんな同僚たちを見つめながらクリスは苦笑した。
そしてそれからアレンの方に向き直る。
「それで?私に何の用かしら?」
これ以上考えていても仕方ない。
アレンは思い切って、口にした。
余計な装飾はせずシンプルに―。
「今夜、ぼくと一緒に食事に行ってくれませんか?」
アレンの提案にクリスは驚いた様な表情を浮かべた。
しかしすぐにそれは彼女らしい悪戯っぽい笑みに変わる。
「あら、急にどうしたのかしら?」
彼女のそれはもっともな質問。
一体急になぜ?
しかしそう聞かれてもアレンはうまく答えられなかった。
だからこう言って、その場はお茶を濁しておく。
「……ダメですか?」
ジッと自分を見つめるアレンの真っ直ぐな目。
ふぅ、とため息をついてクリスは折れた。
「分かった。無理には聞かないわ。……その代わり今夜はあなたのおごりよ?」
アレンの心にパッと広がる喜び。
彼は顔を輝かせて答えた。
「はいっ!」