短文(死)
それは、途方もなく魅力的な幻視だった。
私は一振りの刀を携えていた。鞘はない。
抜身の、無骨で飾り気のない、鈍色の金属である。
錆びているのかもしれない。しかし、そんな事はどうでもいい事だ。
私は、自身が幻視するこの現実に酔い痴れ、そして歓喜している。
背を駆け上った血液が、一旦首裏で蟠り、すぐに頭頂へと抜けて、頭が沸騰しているような錯覚を起こす。
刀の柄を握る私の手は、それでもひやりと冷たかった。
矛盾している。どうでもいい事だ。
私は奥歯を噛み、震えるほどの興奮を嚥下した。
右の足で踏み込む。両腕を頭上高く振りかぶる。
幻視する。私は、恐怖を幻視する。
私が決して味わう事の出来ない感情を、振りかぶった腕の隙間から覗く相手の両目に、その開いた瞳孔の奥に幻視する。
見えるのは、刀を振りかぶっている私だ。
相手が恐怖を覚えているのは私だ。
ならば私は恐怖そのものか。否、違う。
相手が恐怖するのは、眼前に迫った死に対してであって、私ではないのかもしれない。
否、それもまた違う。
何故なら、相手に死を齎すのは私が握っているこの、一振りの錆びた金属であり、それを行使する私だ。
ならばそれは、私が齎す死を恐れている事と何ら変わりがない。
相手が恐れているのは死だ。
それを齎すのは私だ。
相手が恐れるのは私だ。
ならば、私自身が死であるのか。
そこまで考えて、私は刀を振り下ろした。
(少年衝動)