短文(死)
彼は笑って「さようなら」と言った。
言ったら二度と振り返らなかった。
それは僕らの、暗黙の了解だった。
料理が得意でひょろりと背が高くて、少し猫背な彼はその優しい手に日本刀を携えて、別れを惜しむ暇すら与えてはくれなかった。
「さようなら」を言うのは、彼の癖だった。
もう二度と、会うことができないかもしれないからと。
そうなった時、「さようなら」を言えなかったと後悔するのは嫌なのだと。
振り返らないのは、泣きそうになった情けない顔を見せたくないからだと、いつだったか、彼は私に白状したことがあった。
何を大袈裟なと、その時には思ったものだが、今なら、彼の言葉の意味がよく分かる。
彼は、二度と帰っては来なかった。
代わりに私の手元へ戻ってきたのは、出て行った時と変わらず汚れない日本刀と、彼の手に握らせたお守りだけだった。
(当たり前の「さようなら」が、もう二度と、あなたに届かないと知りました)