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『喧嘩百景』第1話不知火羅牙VS緒方竜

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 薫に体よく逃げられた竜は、今度捕まえた彼にはまずがっかりした。――こいつはちゃうわ。
 竜より頭一つほど背の低い色白の二年生は、クラスメイトの説明だと喘息持ちで、時折保健室の厄介になっているらしかった。
 振り返った彼の名札には確かに日栄と書かれていたが、華奢な体つき、端整な顔立ち、顔色の悪さはどう見ても「最強最悪」と噂される人間と同一人物とは思えなかった。
 「僕に何か用?これから保健室に行かなくちゃならないんだけど」
 彼は竜を見上げて小首を傾げた。
 「あんた、龍騎兵の日栄一賀か?」
 竜は念のために訊いてみた。
 日栄一賀なんて間違えようもない名前なのに、――やっぱあいつらデタラメ言いよったんか。
 「うん。日栄一賀は僕だけど。でも龍騎兵はもう解散したよ」
 一賀はどちらとも取れる言い回しで答えた。
 薫のように無関係だとは言わなかった。
 が。
 少しかすれた一賀の声には、気管支から来る雑音が微かに混じっていた。――――喘息持ちか。
 竜は口の中で「もうええわ」と呟いて一賀に背を向けた。

★          ★

 「何やうちのクラスメイトかいな。授業出とくんやったで」
 龍騎兵の三本柱と言われる、三人の最後の一人、不知火羅牙(しらぬいらいが)はまだ一年生だった。
 しかも一年四組、彼のクラスメイトだ。
 竜は授業の終わった教室に残っていた女子生徒から不知火羅牙の行き先を聞き出した。
 「羅牙ならお茶会の人たちと図書館よ」
 ――お茶会?図書館?――竜は眉間に皺を寄せた。
 どうなっとんのや。龍騎兵は。――ここいらの不良どもはあないにびびりあがっとったやないか。
 「不知火羅牙っちゅうんはどいつや」
 竜は図書館で手当たり次第に訊いて回った。
 結局、五階建ての図書館の、五階にある会議室の一つで、漸(ようや)く竜は「彼女」に会うことができた。
 「あたしが不知火羅牙だけど」
 彼女は言った。
 その会議室にはどういうわけだか、成瀬薫とさっき薫の教室にいた女子生徒が一緒だった。
 「女…かいな」
 あからさまにがっかりする竜に、薫が面白そうに声を掛けた。
「お前、まだ挨拶して回ってたのか」
「礼儀正しい転校生ねぇ」