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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「夢の続き」 第一章 修学旅行

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「戦地でね大怪我をして戻されてきて、療養中に死んだの。助からない怪我じゃなかったんだけど今考えたら、その当時は薬もなく医者がいなかったから手遅れになったのよ」

千鶴子は思い出しながら少しずつ貴史に話し始めた。

「貴史、昔はね男子はみんな20歳になったら徴兵検査を受けなけらばいけなかったのよ。今のように自由に自衛隊に就職したりするようなことじゃなかったの」
「自衛隊は軍隊じゃないよ。そう習ったから」
「じゃあ、あれは何?」
「自衛隊」
「軍隊よ、立派な、どう見たって」
「だってそう習ったんだもの。先生が間違っていたの?」
「先生だって、そう教えなさいって言われているから仕方ないけど、憲法上の解釈はともかく軍隊なの。だって戦争が始まったら真っ先に戦いに行くわけでしょ?軍隊じゃなければ出来ないことよ」
「外には戦いに行けないよ。日本国内で防衛するだけだよ。知らないの?」
「バカね、そんな事あるわけないでしょ。隣の国から攻められて、何もしないでじっとしていると言うの?みんな死んじゃうよ」
「法律があるから仕方ないよ、そんなこと言ったって」

「日本は何故アメリカやイギリスと戦争を始めたと思う?」
千鶴子は貴史がどれほど勉強しているのか尋ねてみたくなっていた。
「国連で中国への侵略をやめるように言われたからだろう」
「良く勉強しているね。満州国は譲れなかったのよ。何故日本は満州国にこだわっていたのか解る?」
「軍事的に重要だったから?」
「そうも言えるけど、日露戦争の犠牲者への思いや満州事変での戦利品でもあったから譲れなかったのよ」
「軍部の力が政治を動かすようになっていたからとも調べたら書いてあった。どういうこと?」

貴史にわかりやすいように兄と夫との話を聞かせようと記憶を紐解いた。

昭和8年3月、日本は国際連盟を脱退した。外務大臣松岡洋右は4月の帰国を歓迎ムードで出迎えられ、困惑していた。世界からの孤立は日本をダメにすると考えていたからである。同じように国連を脱退していたドイツもヒトラー率いるナチス党が主導権を握り軍事国家へと変貌を遂げ始めていた。引き寄せられるように、接近する日本とドイツそれにイタリアを加えた三国同盟が昭和15年9月に締結されようとしていた。

徴兵検査を甲種合格となった片山真一郎は親友大山信夫の家を訪ねていた。
「信夫、俺は帝国陸軍に入隊して満州に行く。お前は気の毒だがその身体だ。内地で役に立ってくれ」
「真一郎、満州はだんだん激戦になっていると聞くぞ。内地に残ったらどうだ?」
「バカ言え、今こそ激戦地で力を発揮しないでどうする。大丈夫だ、死にはしない。それに二年経ったら戻ってくるから、それまで俺の家族には何かあったら世話かけて欲しい」
「お前の家族のことは解った。安心しろ。こんな身体だが、いざと言うときは何でもするからな。それより、千鶴子のことだが、お前を好いている様子だ。気付いているだろう?」
「千鶴子さんが・・・」
「約束してくれ、戦地から戻ってきたら結婚するって」
「千鶴子さんはいいのか?」
「当然だろう。呼んでこようか?」
「いや、旅立ちに未練は残したくないからやめてくれ。お前がそういうなら、約束する。そう千鶴子さんに伝えておいてくれ」
「解った。約束だぞ。無事に帰ってこいよ」

真一郎はそう言って大山家を後にした。後姿をじっと見つめる千鶴子は無事に真一郎が二年先に帰ってくることを心から祈っていた。
「千鶴子、ここに座りなさい」
「お兄様、何かお話ですか?」
「そうだ、今から話すことは誰にも言ってはならんぞ。憲兵が聞いたら投獄されるからな」
「はい、心得ました」
「うん、今の日本はますます孤立化を深めているから、近く大きな戦争に巻き込まれる可能性がある」
「何故そのようなことを?」
「真一郎との結婚だ。早くしないとあいつは戦地に行ったきりになってしまうぞ。とにかく兵役を終えて戻ってきたらすぐに結婚しなさい。いいな?」
「真一郎さんはそのことご存知なのですか?」
「さっき俺から頼んでおいた。解ったと返事したよ」
「本当なのですね?」
「ああ、間違いない」
「その日までにいろいろと準備をせねばなりませんね。ありがとうございます。千鶴子は嬉しく思います」
「良かった。幸せになれるといいなあ」
「はい、必ず」

前年の盧溝橋事件から勃発した支那事変により日中戦争から太平洋戦争(大東亜戦争)へと日本は進んで行くのだった。

尋常小学校からずっと兄と同級生だった片山はよく家に遊びに来ていた。中学に入っても同じように二人は遊び仲間だった。千鶴子はそんな片山を頼もしくて優しいもう一人の兄のように慕っていた。いつしかそれは淡い恋心に変化して家に遊びに来た片山にときめきを感じるようになっていた。兄は妹の気持ちを察していた。自由に恋愛することなどまだ少なかった時代だったから、好きになった相手とは結婚の申し出をするのが当たり前でもあった。

片山は中学の頃、将来は軍人になって国の役に立ちたいと考えていたから、結婚は焦ってはいなかった。むしろ気がなかった。念願の帝国陸軍に入隊できて胸踊る毎日が女性のことなど気にする時間を与えてこなかった。親友の大山に言われて、うすうす知っていた千鶴子の思いに二つ返事をしたのは、友情からだったのかも知れない。

出征を見送った帰り大山は千鶴子と二人で片山の両親に会いに行った。片山との約束を報告するためだ。深川にあった家に二人は到着した。
「失礼します。大山といいます。ご在宅でしょうか?」
玄関が開いて母親が顔を出した。
「あら!信ちゃん。どうしたの?」
「おばさん、ご無沙汰をしております。今日は妹の千鶴子を連れてきました」
「そう、こんにちわ。片山です。中に入って頂戴」
「千鶴子といいます。失礼します」
「遠慮しなくていいのよ。あなた!信ちゃんと妹さんが見えられましたよ」

奥の間から父親の片山隆一郎が顔を見せた。
「大山君、よく来てくれたね。座りなさい。身体は大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます。不自由はしておりますが、痛みはありません」
「そうか、良かったな。君は勇気があるな。あんな火の中に飛び込んで妹さんを助け出すなんて」
「はい、もう必死でしたから・・・思い出すと怖さに身体が震えます」
「そうだろうなあ・・・千鶴子さんでしたね、覚えてらっしゃらないでしょうね」
「はい、記憶はございません。兄には感謝をしております」
「そうだよ、命の恩人だからね。すまないね、先に話をして、ところで何か用事かい?」
「はい、お願いがあって参りました。真一郎には約束してもらいましたが、ここに居る千鶴子との結婚を承知して頂けませんか?」

突然の結婚話に両親はびっくりした。


話はさかのぼるが、大正12年9月関東地方を襲った震災で大山家は火災に見舞われ、燃え盛る炎の中で取り残された千鶴子を救うため、わずか5歳の信夫は水をかぶって中に飛び込み、妹を助け出した。このときのやけどで左手の自由が利かなくなっていたことを、片山の父隆一郎は気遣っていたのだ。

「信夫君、千鶴子さんのことを真一郎は知っているのかね?」