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空を舞う君は青空を知らない

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 無益な労をねぎらうように肩を叩いてやると、ムラカミは苛立たしげに吐き捨てた。
「まあ――最悪『欠陥品』を好む顧客もいるからな」
 『欠陥品』
 それは、人間と同等の、固有の人格を形成するに至った個体のことを言う。
 『欠陥品』は基本的に外界への出荷を待たずに売られる。そしてそれらは、長くは生きられない。合法的に、自分と同じ『人間』の精神を嬲ることに喜びを見出すような種類の人間に供給されるからだ。
「ムラカミ、『欠陥品』にならないよう教育するのが我々の役目だろう」
 しかしそれはあくまで裏の話だ。
 通常『欠陥品』認定された【Prifemia】の飼育員は降格し、施設の作業員として重労働を課せられる。
 【Prifenomia】はあくまで健全な愛玩――恋人や家族の代替品――のためにあるのだ。
「ああ、そうだ」
「そう焦るな。まだ今期は始まったばかりだぞ」
 イーミヤは賢い。良い主に巡り会えさえすれば、心を持ったままでも幸せに暮らせるだろう。
 相手の望む形をとりながら、ただ愛されるだけの。
 それこそが【Prifenomia】が唯一望める『幸せ』なのだから。

*  *

 ある日、いつものようにシーイーの部屋のドアを開ける。
 ベッドと机だけの、いつもと同じ殺風景な部屋だ。
 しかし、そこにあるはずの―――鮮やかな存在だけが唯一なくなっていた。
「―――っ!?」
 喉をついた怒声を、危うく飲み込む。
 幸い個体に組み込まれた発信機のレーダーは、膨大な数になるため各自の飼育員が管理している。私が上に知らせなければ、脱走を知るのは私だけだ。半日以上部屋から出れば警報が鳴る仕組みになっているが、それまでに連れ戻せばいい。
 いつかは起こる気がしていた事態だ。シミュレーションは済んでいる。問題はない。
 素早く、だが勘付かれない程度の早さで施設の外へ向かう。
 受付を通り抜け、私は久しぶりに外の空気を吸うと―――下肢に力を込めた。
「―――ガァッ!」
 目指す方向への、前への跳躍。そしてそのまま時速80kmの速さで一直線に森林区画へ向かう。久しぶりに
使うことになった、亜人【Fortissim】としての能力だ。
 2m前後の体長。黒髪黒目の凡庸な顔立ち。そして対象物の匂いを嗅ぎつける探知能力と捕獲に適した身体能力。素材に肉食動物を使っているためか、下肢は黒豹に似た体毛に覆われ、鋭い爪が生えている。
 当初、【Prifenomia】を人間に慣れさせるため、飼育員は下流社会の人間が勤めていた。しかし人間の持つ同情や愛情などのために問題が多発し、飼育員を亜人にすげ替えることになったのだ。
 我々【Fortissim】は身体強化系の亜人の中では一番人間に近い形をしているため、多少改良された後に教育を受け、試験に合格した者は飼育員としてこの施設に送られた。体毛はスーツで隠せばいい。爪は革靴で誤魔化せるほどには短く改良された。
 そうやって、我々は、『人間』に似た名前を与えられ、亜人を教育するというまるで『人間』のような行為に従事することになったのだ。
 優越感を持つもの、人間への憧れを募らせる者。
 感情や欲望を抑制する改良を受けた我々の、それでも腹の底では様々なモノが息づいている。
『私は、人間のように自由に生きたい』
 そう言って脱走し、この森の片隅で処分された同胞がいた。
 ふいに彼女の顔が、シーイーの意志の強い瞳と重なる。
「シーイー!」
 森林区域も中ほどを過ぎ、匂いが強くなった。
「戻れ!今なら間に合う!」
 生まれて初めて出したような大声に驚きながらも、規則正しい木々の配列を縫って駆ける。
 おそらく、近い。そろそろ声も聞こえる距離だろう。
 嗅覚に比べれば精度に欠ける聴覚を、必死に研ぎ澄ませる。
 
『サカシタさん?』
 ―――見つけた。

「シーイー!!」
 声を荒げた私を、シーイーは不思議そうに見つめる。彼女はのん気なことに、水浴びをしていた。
「サカシタさん!」
 すぐににこりと笑って、最近のお気に入りなのか私の首に飛びつく。跳躍ではない。体重の軽さから、【Prifenomia】は風に乗って宙を舞うことができるのだ。今回の脱走も、その能力を利用したものだろう。
「もう外さないわ。すごいでしょ、私、練習したんだから」
 ころころと無邪気に笑う様子に、一瞬目的を忘れた。
「今じゃこんなとこまでひとっ飛び!」
 ちょうど吹いた風に乗り、彼女は手を離す。そこでようやく思い出し、慌てて華奢な腕を捕まえた。
「なんで脱走なんてしたんだ!」
「ちゃんと部屋には戻るつもりだったわ」
 いつになく感情的な私に、シーイーは首をかしげる。
 そのあまりにも悪気のない口ぶりに、叱りつける気力が萎えた。
「……格子はどうしたんだ?」
 何を言おうかと取捨選択したあげく、出たのはそんな根本的な問題だった。部屋の窓には格子がついていて、出られるはずがない。しかし今回格子は外れ、窓は開け放たれていたのだ。
「え?前にミヤノさんが外れるようにしてくれたよ」
 『ミヤノ』
 それは、最近処分を受けた同胞の個体名だった。
「ちゃんと帰ってくるならお外に出てもいいって、ミヤノさんは言ってたもん」
 ―――何となく、事情がわかってしまった。
 おそらくミヤノは、この少女を甘やかしたのだ。
 固有の人格を形成していても矯正せず、部屋の外に出ることを許し、奔放さに拍車をかけた。
 彼女を『欠陥品』に育てようとしたのだ。
「シーイー。早く帰……」
「やーだ!」
 目を放した隙に、風に乗って空を舞う。
 跳躍すれば捕まえられる距離だったが、無粋に感じてただ彼女を見上げた。
「広場のプールより、森のプールの方が気持ち良いし!」 
 そう言って身を翻し、泉を模したプールに飛び込む。
 ささやかな水しぶきを上げ、狭い中を一周すると楽しげな笑顔を見せた。
「もうちょっといたいな―――外の世界って、素敵だもん!」
 その言葉を聞き、私は用意していた言葉が出なくなる。
 ここは、厳密に言えば『外』ではない。
 第五生産特区【Replacedena】という名の、巨大なドームの中だ。
 森の中にプールなんて、本当は不自然なのに。彼女は疑問に思わない。外を知った気になっているけれど、本当は、ここはまだドームの中なのだ。
 彼女は青い空も知らない。
 空を舞えるのに知らない。
「帰るぞ、シーイー」
 感情をすべて仕舞い込み、無慈悲な顔を作る。
 同情はしない。するべきでない。したら、いけない。
 私がするべきなのは、彼女を『矯正』し、幸せな形で外を知ってもらうことなのだ。

*  *

 シーイーの『お出かけ』に出くわしてから一週間。
 事が事だけに、最悪即『欠陥品』認定を受ける可能性もあったが、なんとか平穏に日々は過ぎている。
 ある程度は上に把握されているだろうが、不思議と咎めはなかった。何故かは知らないが、たかが一体の【Prifenomia】にいちいち構っていられないのだろう。理由が気にならないでもなかったが、そんな適当な推量を巡らせるだけに留めた。