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空を舞う君は青空を知らない

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――機械工学から生命工学に寵が移り、亜人と呼ばれる人工生命体が珍しくなくなった時代。
 亜人【Prifenomia】は容姿が端麗で、ひどく非力であり、体重も軽い。その特性から、主に愛玩用として流通している。
 第五生産特区【Replacedena】
 ここでは、流通前の【Prifenomia】と飼育員が暮らしていた。

*  *

 【Prifenomia】飼育員の担当移動は、半年に一回の頻度で行われる。情が移ること、それに伴う過ちや脱走への対策だ。
 我々は性欲を限界まで抑えられているため、そのような間違いはあまり起こらない。だが、【Prifenomia】は旺盛に作られていることからの体制だった。
「こんにちは!あなたがイーミヤの飼育員さんだった人ね!」
 白から薄桃のグラデーションの髪を揺らし、亜人の少女は微笑んだ。過剰なまでに人工的な配色は、【Prifenomia】の特徴の一つである。
 彼女はどうやら、NO.1038と親しかったようだ。イーミヤというのは認識番号をもじった愛称だろう。
「個体名サカシタだ。本日よりNo.4010の担当となる」
「私はシーイーよ」
 蜜色の瞳が不満そうにすがめられる。随分と人間の子供じみた動作だ。
「わかった。よろしく、シーイー」
「ありがとう!よろしくね、サカシタさん!」
 問答が面倒ですぐに呼び名を翻すと、少女ははしゃいで飛びついてくる。
 Type:highteenにしては幼い行動に眉をしかめた。前の飼育員はいったいどんな教育をしていたのだろう。それとも、最近はこの方が需要があるのだろうか。
「私、サカシタさんとは仲良くなれそう!」
 ころころと響く無邪気な笑い声と、真っ白で無機質な彼女の個室は、ひどくちぐはぐだった。
 ―――『仲良く』か。
 どうやら、前回同様、今回の個体は人間に近い性質らしい。
 困ったことだった。

*  *

 No.4010――シーイーは【Prifenomia】としては劣等生だった。
 容姿は申し分ない。白い肢体は柔らかさと硬質さがせめぎ合う奇跡のようなカーブを描いていたし、夢見るような蜜色の瞳は多くの人間を蕩かすだろう。【Prifenomia】の中でも上等な方だ。
 ただ、人間らしすぎるのだ。
「いーやっ!私、そのお勉強、きらいっ」
 始まる前からテキストを投げ捨てたシーイーに、私はため息をつく。まさか、ここまで激しく反抗するとは思わなかった。
 我々飼育員の役目は、主に【Prifenomia】の教育である。
 外の世界に出荷される時のため、購入者の望む性格を形成できるように教育するのだ。
「なんで私は私じゃなくならなきゃいけないの?どうして?」
「それがお前の役目だからだ」
 淡々とした模範解に、蜜色の瞳は反抗的に輝く。
「なんで?」
「お前は人間に愛されるために作られたからだ」
 【Prifenomia】は愛玩用の亜人である。そのため、どこまでも人間に都合がいいように『改良』されなければならない。
「私が生まれたのは、私のためよ!」
 地団太を踏んで叫ぶ様に、私はため息を吐いた。
 時折、こういう亜人がいる。
 なぜ自分は人間のために生きなければいけないのか。自由に生きてはいけないのか。
 そう主張するモノたちを見ると、私は決まって思う。
 ―――苦しむために生まれたようなやつらだ、と。
「シーイー」
 低い声で名を呼べば、びくりと怯えた顔を見せる。
 飼育員には、罰として軽い電気ショックや食餌の制限をすることが認められていた。この性質だと、何度も経験しているのだろう。殺されない程度とはいえ、痛みや飢えは誰にとっても恐ろしい。それなのにこの折れない意志は、いったい何なのだろうか。
 だから私は、
「こう考えてみろ」
 私は―――緩く波打った髪を、くしゃりと撫でた。
「好意を抱いている人間がいて、その人間に好かれたいと思って、その意に沿うように行動するんだ」
 なぜ、人間のような、感情のような、そんな方法を選んだのかはよくわからない。
 おそらく、彼女にはこの方が有効に思えたのだ。どのような動機でも、手法でも、目的さえ果たせば問題はない。それだけのことだ。
「多かれ少なかれ人間もやっていることだ。できるな?」
 2mに近い体を折りたたみ、戸惑った瞳と同じ目線になる。
 黒髪黒目の凡庸な顔が、蜜色の中で暖かくたゆたっていた。
「……うん」
 それでいい。
 そうやって生きるすべを学べばいい。
 そのために、生まれてきたのだから。

*  *
 
 【Prifenomia】は週に一度は個室から出て室内広場で遊ぶことになっている。室内広場には、日光に限りなく近いライトと、大きなプール。素材に植物を使用していることから、水浴びと日光浴は必要不可欠な種なのだ。
 製作された日から教育を重ねたことで、元来の性格や感情は乏しくなりがちの【Prifenomia】だったが、この日ばかりは笑みを浮かべるものが多い。中には、2人組みやグループを作ってはしゃぐものもいた。
 飼育員は問題が起こらないかどうか、別室の窓から監督することになっている。もちろんモニター室にはさらに多くの飼育員が詰めている。ここにいる我々の役目は、監督というより、問題が起こったときにすぐ駆けつけるというものだ。
『サカシタさーん!』
 同じ色彩の人間ばかりだというのに、シーイーは私を容易く見つけた。手を振る彼女に、軽く手を上げて応える。隣にいるのは、緑髪の中に一房の金色――イーミヤだ。遠目に見ての判断だが、少し痩せたような気がした。
「サカシタ」
 こちらを咎めるような声で、隣にいた男がこちらを睨む。これは誰だったか――我々の個体差は【Prifenomia】に比べ少ないため判別に困る――ああ、個体名ムラカミだ。
「何だ」
 悪びれない返事に、ムラカミは露骨に顔をしかめる。我々にしては感情的な個体だ。
 その表情に違わず、彼はイライラとした口ぶりで話し始める。
「お前はどういう教育をしていたんだ」
「ああ、お前はNo.1038の担当だったのか」
 最初にシーイーと会った時の感想をまさか自分が言われるとは思わず、表情筋がわずかに動く。だがそれには気づかず、ムラカミは早口にまくし立てた。
「自分のことをイーミヤと言い張る。悪い兆候だ」
 なんだ、それだけか。
 大人しい個体だったが、私が担当を始めて半月が経った頃、突然そう言い出した。おそらくシーイーと出会って名前をつけられたのだろう。しかし教育には協力的で、この教育が自分を守ることを理解している賢い子だった。だからそれくらいは、と私は見逃していたのだ。
 しかし、ムラカミは見るからに器量の狭そうな性質だ。イーミヤが痩せた原因を理解する。
「それくらい多めに見てやれ。余計な手間を増やすぞ」
「もうそうしている」
 やんわりとなだめると、ムラカミは余計なお世話だとばかりに睨んできた。
 結局この個体は、愚痴を聞いて欲しかっただけのようである。随分人間らしい感情の動きだ――ああ、同属嫌悪か。ならばこの苛立ちようにも納得できる。
「人格形成能力は悪くないんだろう?なら問題は――」