ぼくのウルフマン
数日後。金曜日の放課後だった。ぼくは週末になると奥上の顔が見られない寂しさとたっぷり絵を描ける喜びで複雑な心境になる。この週末も新しいウルフマン漫画を描く予定でわくわくしていた。
ではあるが、この日は何となく教室に居残って自分の席で丸山と暫くだべっていた。丸山の話題は相変わらず可愛いショタの虐め方について。
「井伏」呼ばれた方向を見ると教室の後ろで奥上が立っている。もう部活に行く時間だろうけど。ぼくは丸山をちらりと見る。目が「早く行け」と言ってる。ぼくは素直にその目に従った。
「な、なに?」
「あ、あのさ」でかい奥上がどうしたのか顔を少し赤らめてうじうじしている。「つまりだ」
「はあ?」
「そ、そうだ。お前さ。あの、絵を描いてくれない?」
「絵?ウルフマンの?」
「そ、そう。前に描いた奴でもいいし、別の絵でもいいんだけど」
はあ、奥上も本気で変わった奴みたい。絵ならいつでも描いてやるけどね。
「うん、いいよ。幾つか描いてくるから好きなの選んで」
「で、さ。学校じゃなくて明後日の日曜日、俺の家に持って来てくれないか?」
ぼくは真っ赤になって黙り込んでしまった。
「ごめん。ほんとは俺が行くべきだってのは判ってるんだけど。ちょうど家の者がみんな出掛けて誰もいなくなるんだ。だから」
それって。それって。危険なこと?でもぼくとしてはあえてその危険と立ち向かいたいかも。
「わ、判った。行くよ」
奥上は嬉しそうな顔になった。
「そうか。じゃな。俺、今から走るから」
「う、うん。頑張って」
ぼくはかちこちに固まって彼に手を振った。奥上も固まってしまったのか、大きな体で何度も転びそうになりながら走って行った。
「どうした、どうした、どうした?」
ぼくはぽーっと席に戻ると丸山がまくし立てた。
「え?あ、あの。奥上が日曜日、家に来いって」
「えーっ」丸山は椅子から転げ落ちて、這い上がってきた。「まじすか」
「うん。何でもいいから絵を持って来て、だって」
「いいけど。あんた、私をお母さんみたいして何でもしゃべっていいのか?」
「いいよ、だって、ぼく」ぼくはあまりのことに泣き出した。「わーん、どうしよう。初めてでどうしていいか、判らない」
「私も体験ないから判らんけど、とにかく新しいのを用意しないと」
「絵はちゃんと新しく描くよ」ぼくはぐしぐし泣きながら言った。
「絵なんかじゃなーい」丸山はがばりと立ちあがった。「パンツは新しいの穿いていけっ」
丸山に励まされ、せっつかれ、ぼくは帰宅するとすぐ、自分の洋服ダンスの引き出しを開けてみた。確かお正月に何枚か買っていざという時(ってなにさ)の為にしまい込んでいたのがあったはずだ。普通のグレイ系チェック柄のトランクスにブルーのボクサータイプの奴が出てきた。普段のぼくってトランクスばかりなんだよね。ボクサータイプってかっこいいんだけど、なんかいかにもって言うか。何かを期待して穿いている、みたいな気がしませんか。考えすぎですか。って絵を描いて持って来て、って言われただけなのに真っ先にパンツの心配してるのっていうのが変だし。
ぼくは一人赤面して取り敢えず絵について考えた。奥上は何でもいいって言ったっけ。ウルフマンとエレノアとアレクスも描いてみようか。自分的にはアレクスを選んで欲しい気もするけど。でもこんな金髪青年を選んだり、しないよね。丸山に言わせると絵を描いて欲しい、というのが建前だって。そんなん、ほんとにどれでもよくてあんたに来て欲しいのよ、って言うんだ。えー、そんなことってあるのかな。そりゃあの時、うっかり「ぼくは奥上が好き」みたいなこと告白したけど、河嶋みたいなスポーツマンでイケメンが好きって言ってる奥上がぼくを好きになるっていう繋がりがぴんと来ない。まるで正反対だもん。もしかして、ぼくがゲイだって言ったから体だけが目的だとか?
なんだかますますあり得ない気もする。あの人たちみたいなアスリートの肉体と比較してぼくの体の貧弱なことと言ったら。とても体だけが目的、なんて言えましぇん!
でもそれでもいいのになあ。ぼくはウルフマンと奥上とアレクスと自分をごちゃ混ぜにしてまた妄想世界へ入っていった。軽く抜かせていただいたよん。
決戦の日曜日お昼頃、絵を三枚用意して折れないようにホルダーに入れて、新しいパンツも穿いて奥上宅へ出陣。あ、パンツは結局ボクサーにした。どうせ脱がないって。ただし気分的に落ち着かなくなってしまった。
チャイムを押すと奥上の声で返事があった。ドアが開く。
「井伏。ごめんな。入って」
「うん」
ぼくも恥ずかしいんだけど、奥上も照れてるような気がする。
「誰もいないから。井伏、飯まだだろ。お袋がチキンライス作っていったんだけど、それでいい?」
「う、うん」
キッチンでふたりチキンライスを食べる。アレクスとウルフマンが食事する場面もよく考えるんだよね。何故かデートって食事付きだろ。あれは何故?とにかくウルフマンはアレクスが食事をしてワインを飲んだりするのを眺めているうちに次第に興奮していくのだよ。食べる=口にモノを入れるっていうのが性交と似てるのかな。アレクスが若い食欲を見せてぱくつくのを見てウルフマンは彼を抱きたくなってくる。
ん。じゃ、今奥上もそうなのかな。いや、あり得ないって。ぼくが相手じゃ違うと思う。奥上は本当に絵が欲しかったんじゃないのかな。
ぼくたちは食べている間、あまり話をしなかった。チキンライスが美味しくて食べ過ぎてしまった。馬鹿だ。好きな人の前でがつがつ食う奴があるかよ、もー。そ、そうだ。食欲と性欲は比例するらしい。よく食べる人は性欲も強いって。だとしたら奥上の前なんで余計食べてしまったのかも。どっちにしても恥ずかしい。
「そのまま、しといてさ。俺の部屋に行こう」
「うん」ってこれ、ますます怖い。
前に一度入った奥上の部屋。なんというか。ぼくのごちゃごちゃと物が多い部屋と違ってあっさりすっきりしてる。あ。
「ウルフマンの絵、飾ってくれてるんだ?」
机の横の壁に写真などを貼れるボードが掛けてあって、そこにぼくのウルフマンが貼られていた。
「うん、気に入ったのをそこに貼ってるんだよ」
そう言えば、他にも可愛い犬や猫の写真だとか、漫画やゲームのキャラクターイラストも貼られていた。
「でもさ、下手な絵だし」
「下手じゃないよ。一番気に入ってる」
恥ずかしい。
「どこがそんなにいいのかな?」
「うーん、そう言われると上手く言えないんだけど、自分みたいな気がする」
恐るべし、奥上。見破っていた。
「そ、そうだね。確かに似てるよ」笑って誤魔化す。「あ、新しい絵も持って来たよ」(新しいパンツも穿いてきたけど)
「見せて」
「三枚ある。いいの選んで」ぼくは奥上の机の上にそれらを並べた。二人は寄り添ってその絵たちを眺めた。
奥上はそれを見て少し迷っている。
「む、無理しなくていいよ。気に入らないならまた描くから」
「いや、どれもいいからさ。これにする」奥上が手に取ったのはアレクスの絵だった。