ぼくのウルフマン
いつものようにブログで常連さんの一人マルコさんとコメやり取りしてたらぼくが欲しいと思っている廃刊になった漫画を持ってるって言う。さらに話すとなんと住んでる地域がすぐ近くだというもの凄く狭い世界の話になって「手渡ししちゃいましょうか」という流れになった。オフ会なんてこともしたことはないし、個人的に会うなんてどきどきだったが相手が女性だったので安心して(って変だよね)お会いしてみることになった。約束の場所は近くの公園だ。どんだけ近いんだって思ったがまあ手っ取り早いので早速次の日曜日にってことで出掛けていった。
午後三時、指定の場所で待ってたのは、クラスメイトの丸山歩美だった。
小さな公園のジャングルジムの側のベンチで待つという指定通り、彼女は座っていた。
無視して逃げようとしたぼくを見つけた彼女は叫んだ。手には例の廃刊の漫画を持っている。
「やっぱり、井伏くんだったのね。そうだと思ったのよ」
バレてた。
ここまで来たんだ。もうどうしようもない。ぼくは覚悟を決めて彼女の隣に座った。
秋の風が少し寒い。
しかし、て言うことは。て言うことは。
ゲイばれ。墜落。
「そんなにがっくりしないでよお」丸山歩美は励ますように明るく言った。「どっちにしたって、そうかな?って思ってたんだもん」
さらに墜落。
「本当なの?誰でも承知のことかな」
「さあ、それは判らないけど。私はほら、そう言うのに特別詳しいから」
「へ?そうなん」
歩美は少し間を置いた。
「決心した。井伏だけに恥ずかしい思いはさせられないもんね。私もカムアするよ」
「えっ?丸山も?」
「あ、ビアンっていうんじゃなくてね。私はこれ」
彼女が鞄の中からごそごそ取りだしたのは、見るのも恥ずかしい、ショタ本だった。それもエロエロな奴。やんちゃ系少年が表紙だ。
「で、中身これね」
歩美が開いたページがまた怖ろしい。低学年やんちゃ少年が二人の短髪男性にエロエロされている場面だ。二本のでかいナニが少年を。うわあ、一七歳女子高生が持ってちゃ駄目だろ。どやって手に入れたんだ。
「あ、ごめん。刺激強すぎた」
過ぎるよっ。もー。
「私はショタ好きなの。ショタじゃなきゃ駄目な女なのだよ」
そしてぼくはウルフマンじゃなきゃ駄目な男だ。
歩美はだめ押しをしてきた。
「で、井伏、現実には誰が好きなん?」
「ええ?そこまで言わすの?」
「ていうか、当ててみようか?奥上?」
何で判るの?
歩美に言わせればもろバレらしい。でもこれも彼女だからこそ判ることであって、皆は知らないはずだと慰めてくれた。
とにかくこうしてぼくと丸山歩美はカムアし合って協定を結んだ。
その後もぼくは奥上達朗とより丸山歩美との交際を深めていった。彼女との会話はとても楽しい。何しろ恋愛感情はないし、もうぼくの正体を知っているから何も取り繕う必要がない。学校で話しててつい本音を大声で話しそうになり丸山から「正体ばれるよ」と心配されてしまう。同じように彼女もぼくの前ではショタ話ができて嬉しそうだ。
「でもさ」
「何?」
「井伏は奥上にあんな風にしてもらいたいわけ?」
ぼくは赤面してしまう。
「いや、あの物語はさ、あくまでウルフマンとアレクスとしての話だから」
「じゃ、奥上が襲ってきたら、どうするの?」
わーん、耐えきれない、こんな会話。女子ってこういうの平気で話すから。
「そりゃ逃げるよ」
「えーほんと?嘘でしょ?」
「少し嘘です」
二人で笑う。本当にそうなったらぼくはどうするんだろう。でもあり得ないし。
そんな風にそれなりにぼくと丸山が楽しいおたく生活を続行していたある朝、登校してきたぼくは教室の様子がいつもと違いざわめいているのに困惑した。
「遅いよ。井伏」いきなり大声で呼ばれて声の方向を見ると丸山が眉根を寄せた顔でぼくに手招きをした。
「どうしたの?この状況」
「大変なのよ。奥上が」
「え?」
「昨日の話らしいんだけど、奥上と同じ陸上部の男子で河嶋って子がいるんだけど、奥上とその子があんまり仲がいいんで二人がホモじゃないかって噂をばらまいていた奴がいるんだよね」
「知ってる。なんかチラシが配られているのを前見たよ」
「えー酷いね」
「で、どうしたの?」
「で、河嶋って子がそれで切れちゃって。犯人を突き止めたらしいのよ。で、昨日、奥上も混じってその犯人と三人だか四人だかで大喧嘩。ところが話し合いをしてる途中で奥上が河嶋に俺は本気でお前が好きだってカムアしたらしい」
よろけてしまう。そ、そんな。
「だけど河嶋くんのほうはそんなんじゃなかったらしくて、ショックを受けて親に話したらしくてますます騒ぎが大きくなって学校を誰が退学するのどうのって滅茶苦茶になってるんだって」
はあああ。つまり奥上は失恋したんだ。ぼくは喉が突然渇いて話しづらくなってしまった。
「で、どうなるの?」
「さあ、私には判らないよお」
と、そこで突然当の本人、奥上がずかずかと教室に入って来た。皆、静まりかえって様子を伺う。それが癪に触ったのか、奥上は叫んだ。
「何だよ。俺が来たらいけないのか」
ぼくはしゃっくりが出そうだった。こんな事態に叫ぶことができるなんて。奥上はぼくがいつもウルフマンの目だと思っているクールな目で辺りを睨みつけると「うぜっ」と一言叫ぶと机に拳を叩きつけて教室を出て行った。
ホームルームが始まり、授業が始まって奥上は戻って来なかった。ぼくは思い悩んだ。奥上はぼくと同じ世界に住んでたんだ。そりゃ彼がぼくみたいなのを好きになるとは思わないけど。ただ、今彼がそのことで傷つき悩んでいるのかと思うとどうにかして慰めたかった。
休み時間になるとまた教室がざわめいて奥上の話になる。あちこちで「けっ、奥上って女好きだと言ってたくせにホモだったのか。気色悪っ」「エイズ、伝染んないといいけどな」なんていう発言と笑い声が聞こえてくる。ぼくはむかむかしながらも何も言い返したりはできない。丸山を見ると彼女はぼくを宥めるような目で見つめ、首を振った。
昼休みになると弁当も適当に食べて奥上を探し始めた。鞄を置いたままだし学校内にいるんじゃないだろうか。
ぼくはあちこち探し回ったけどいない。とうとう帰りの時間になったが奥上は戻ってこない。鞄を置いたまま帰ってしまったのかもしれない。ぼくは奥上の鞄を見つめた。これを持って彼の家に行ってみようか。どの町かは知ってるが詳しい場所は知らない。
帰りのホームルームが始まり、担任が奥上の鞄を見て言った。
「奥上はどうした」
週替わりの当番が「どうも先に帰っちゃったみたいなんです」
「あいつが?珍しいこともあるな。誰か、鞄を持って行ってやらんか」
丸山が手を上げた。
「私、家が近くなので」
「そうか、じゃ頼んだぞ」
あ、ぼくも行きたい。
ぼくが躊躇っていると丸山が配られたプリント類を鞄に押し込み始めた。
「井伏くん。これ私奥上んちに持ってくけど、来る?」
「行く。行くよ」
「そう言うと思った。じゃ行こうか」
「ぼくが鞄持つよ」