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てっしゅう
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「哀の川」 第六章 直樹の独立

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第六章 直樹の独立


直樹はずっと後味の悪い思いを引きずっていた。なかなか眠れない。麻子に感づかれたんじゃないだろうか?とか、嫌われてしまったんじゃないのか?とか自分が招いた事とはいえ何とか元に収まって欲しいと望みをかけていた。浅い眠りに目覚めて頭がボーっとしている状態で、土曜日を迎えた。会社へ行く訳じゃないので、ゆっくりと起きて顔を洗い、普段着で近くの喫茶店へトーストを食べに出かけた。テレビのニュースは連日多国籍軍によるイラク空爆が放映されていた。直樹はこれは形の上では多国籍軍になっているが、殆どアメリカの主導で行われている事が、不満に感じていた。日本は多額の補助を国連にしているから、イラクから見たら敵視なのだ。そもそもこの空爆には反対だった立場がいつしか触れられなくなる事もこの国の不思議なところでもあった。

コーヒーで眠気を覚まして、直樹は再びアパートに戻った。ぶらぶらしていてはいけないので、着替えて直樹が扱おうとしている商品の市場調査に出かけることを決めた。混雑し始めた原宿や渋谷の雑貨店を見て廻った。そして通販カタログも幾つか集めて内容を確認してみた。店頭で売っている価格よりも、カタログショッピングはかなり安い。あとは、好みのデザインとか流行っているものが手に入るかだけだと勝敗を分ける決め手を感じていた。

直樹が扱おうとしているものは、まだどこのカタログにも掲載されていなかった。まずはここから攻めようと、一つの通販会社に電話を入れた。訳を話し、仕入れ担当者に繋いでもらい、会う約束をした。初めてにしては上出来のスタートだった。明日ダンスの後で、麻子にこのことを話そうと少しウキウキしてきた。自宅へ帰る山手線は混雑していた。窓の外には営業している古巣が見えた。倉庫の前で荷物を点検している女性は、好子だった。じっと目を凝らしてみた。間違いない。電車は目白に停車するためにスピードを落としている。見えなくなりそうな瞬間に、こちらに振り返ったような気がした。いや、そう見えただけかもしれない。木曜日の夜の記憶が甦ってきた。少なくともいま自分が見た女性がその時の好子であるとは、信じられない思いであった。


裕子の家で食事をしていた好子は夜遅くに実家へ帰っていった。麻子は自宅ではなく実家に帰る好子に不審を覚えた。なぜなら、明日は仕事だと言っていたからだ。子供が居ない好子だからその辺りは自由にしているのだろうが、普通は夫の居る自宅へ帰るからだ。

「姉さん・・・好子さん、何かあったのかしら。素敵な衣装だったし、それにご実家に帰るって、変じゃありません?」
「えっ?麻子、そんなこと気になるの?好子はこの時間だから近い実家に帰っただけじゃない」
「姉さん、結婚しているとね、そんな気持ちにはならないのよ。子供が居なくても」
「ふ〜ん、そうなんだ。そういえばあなたも帰ってこなかったわね。なるほど・・・」

結婚していない裕子にはわからない感情だったのかも知れない。麻子はまさかとは考えたが、心配になってきた。

「好子の心配するより、直樹さんとのこと心配した方がいいんじゃない?これからどうするのか、一緒になって考えてあげないといけないよ。不安もあるだろうから。資金はあなたが出してあげればいいよ。ずっと一緒に暮らすんだから」
「はい、そう考えているけど、直樹は何とか自分でやりたいって言うと思うの。男の人だからね。提案なんだけど、ここのお家を事務所代わりに使わせてもらうって、どうかしら?家賃要らないし、空いているお部屋あるでしょ?良ければ直樹に話してみたいの」
「そう、いいんじゃない!あなたも手伝えるし、純一君ともだんだん親しんで行けそうだし、それがいいわ!そうしなさいよ」

麻子の不安は消えなかったが、直樹がここに来ると考えたらちょっと嬉しくなった。明日の午後が待ち遠しい夜になった。入浴を済ませ、ベッドに入り眠りに就いた。麻子は夢を見た。直樹が誰かを抱いている・・・まだ薄明るい早朝に目覚めた麻子は、夢の中の女性が好子であったと確信した。悲しくなった。こんな夢を見ている自分にである。

日曜日はいつものようにダンス教室に出かけ、麻子とのペアーでタンゴの練習に励んだ。直樹は好子が連れて行ってくれたスペイン料理の店で聞いたフラメンコのリズムが忘れられなかった。タンゴとは違うが、自分の体の中に歯切れの良いリズム感が理解できるような感覚になっていた。二人の練習を見ていた裕子がアドバイスをする。

「斉藤さん、今日はとてもいい感じで動けているね。ターンするきっかけがとてもいいです。しっかり練習しているのね」
「ありがとうございます。なんだか動きのリズム感というのが、少し解った感じなんです」
「直樹さん、とてもいい感じよ、今日は。この調子ならもっと難しいステップに挑戦できるわよね、姉さん?」
「そうね、考えて見ましょう。まずは今の基本を今月中はしっかりとマスターすることね。来月は全体の構成を考えましょう。楽しみね」

あっという間の二時間の練習時間が過ぎた。いつものように三人で食事に出かけた。食事を済ませて裕子は用事があるからといって席を出た。二人は場所を変えて話そうと麻子の車に乗って、以前に行ったホテルへ向かった。運転している直樹の空いている側の手を握り、「待ちどうしかった」と呟いた。直樹の心の中から完全に消えてはいない木曜日の出来事が麻子には夢で知られていることを、今は知らない。相槌を打って、「ボクもだよ・・・」と答えたが、なぜか力の抜けた返事になっていた。車はガレージに入った。手を繋いで部屋に入ってゆく直樹の足取りは、相変わらず重苦しかった。

「直樹!私のこと好き?心からそう思ってくれている?」
「もちろんだよ、なぜそんなこと聞くんだ?」
「今朝夢を見たの。直樹が他の女性を抱いている夢。誰だと思う?」
「ええっ!そんな夢見たの!在りえないよ、解らないなあ・・・誰だったの?」
「好子さん・・・加藤好子さんだったの」

直樹には噴出す冷や汗を止めることが出来なくなっていた。すっと立って、洗面所のほうに足を運んだ。歯磨きをするしぐさで、鏡を見た。動揺を悟られないように表情を確認して、振り返り返事した。

「ばかばかしい・・・早く歯磨きして、お風呂に入ろうよ」
「うん、そうよね。私ってどうかしてるのよね・・・あなたを疑ったりして」

麻子は納得できない自分を直樹との熱い行為で消そうと思った。体が忘れさせてくれると、そう信じたかった。

先に帰った裕子は好子と待ち合わせをしていた。今朝電話をして会いたいと話したのだ。麻子の言葉が引っかかっていてどうしても聞きたくなっていたからだ。滝野川の自宅から好子は待ち合わせの池袋までタクシーで来た。サンシャインシティーの一角にあるカフェで二人は腰を下ろした。

「いつも時間通りね、好子。昔からきちんとしていた性格だったわよね」
「あら、そう。あなたもそうだったじゃない」
「そうかな、そんなあなたが何故浮気を?」
「エッ!急に何を言うの!ビックリするじゃない・・・」
「女の感ってやつ。だれにも言わないから告白しなさいよ。楽になるから・・・」
「してないって・・・何故そう思うの?」