小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

よそ者

INDEX|21ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

「何でも、元さん、あの日雇いに殴られた怪我の後遺症で、今じゃレロレロらしい。確か娘がいたよな。娘も大変だなぁ」
「確か駅裏のソープで働いているぞ。あそこは地元の人間は行かねえからな。行くのは飯場の奴とか、流れ者とかよそ者よ」
「あのソープは横羽会の息がかかっているからなぁ。元さんの娘もやたらなことじゃ抜けられんだろう」
「その横羽会も黒寅組との抗争があってよ。昨日、幹部から若え衆まで大分しょっ引かれたらしいじゃねえか」
「良くも悪くも、元さんや横羽会みたいのが、この町の治安を守ってきたところはあるんだがねぇ……」
「それも昔の話よ……。この町も随分と廃れちまったもんだ」
「漁業もパッとしねえし、斜陽だな……」
 そんな客たちの話を恵理子は受け流しながら聞いていた。ママはつまらなさそうに煙草をふかしている。
「マミちゃん、次はどこへ行くんだい?」
 ぶっきら棒にママが尋ねてきた。だが、恵理子は答えなかった。ただ、客に酒を注いで回る。
「そうかい。野暮なことは聞きっこなしだね」
 ママは不機嫌そうに、煙草を灰皿に押し付けた。
「私はよそ者ですから……」
 恵理子がボソッと呟いた。

 恵理子は駅に向かう前、港に立ち寄った。今日も平日というのに、多くの釣り客で賑わっていた。だが、そこにはもう、横田の姿はない。
 遠くへ仕掛けを投げる者、足元に仕掛けを落とす者、皆それぞれのやり方で魚と対峙していた。そんな光景を恵理子は目を細めて眺めた。
 ふと、空を仰ぐ。そこには鮮烈な鰯雲が広がっていた。その真下を海鳥たちがギャーギャーとやかましく行き交う。鰯雲の存在感に威圧され、まるで怯えているような泣き声に聞こえた。恵理子にはまるで鰯雲が海鳥を襲い、食らわんとしているかのように見えたのである。
「鳥を食べるイワシとは……」
 鰯雲は空の彼方まで続いていた。
 恵理子はふと、振り返る。港から見える高台には自分の住んでいたアパートや、横田が眠る無縁仏がある。それらを遠目に望むと、「さよなら」と呟き、恵理子は港を後にした。
 銀座通りは今日も寂れていた。
 電車に乗り、車窓から見る町の風景はやはり寂れていた。恵理子はもう二度とこの町の地を踏むことはないと感じていた。磯場に荒々しく波が打ち寄せているのが見えた。それは虚勢を張った町が「二度と来るな」と言っているような気がしていた。
作品名:よそ者 作家名:栗原 峰幸