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てっしゅう
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「新シルバーからの恋」 第五章 破綻

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妻は徹の仕事でのことを知っていたから、気落ちしてふらふらしているんじゃないかと心配をしていた。電話を切って、ため息をついた徹はやっとエンジンをかけ自宅へ戻る気分になっていた。

美雪は悦子に勧められてバスタブに浸かっていた。疲れた心を癒す意味でもお風呂に入ったほうが休まるから、と言われてだった。身体が温まりだして気持ちが少し楽になってきた。思い出すとまだ身体が震える。1人でなんか絶対に寝られないって思ったから、悦子が側に居てくれて本当に嬉しかった。

「お先に頂きました。悦子さんもどうぞ入ってください」
「ありがとう。そうするわ。暖かくして待ってて、出てきたらビールでも飲みましょう」
「はい、待ってます」
悦子は徹のことが可哀相に思えてきた。こんな些細なことで自分と美雪を傷つけてしまってもう会えないようにしてしまった事、しかも中学のときに仲が良かった悦子、徹のことを好きと感じていた美雪、その両方の思い出も一緒に消してしまったのだから・・・

「お待たせ、さあ飲みましょう。嫌なことは忘れて・・・ね?美雪さん」
「はい、そうしたいです。酔っちゃっていいですか?悦子さん・・・お姉さんって呼んでも構いません?」
「いいわよ。私も美雪って呼ばせてもらうわ」
「はい、お姉さん・・・ハハハ・・・」

元気になってきたようだ。ビールも進む。二人は本当の姉妹のように何でも話し合える仲になりたいと思い合っていた。

仲良く一つしかないベッドで寝ることになった。美雪の身体を見て悦子は少し恥ずかしくなった。もう少し節制して痩せたいと真剣に思った。

「ねえ、淀屋橋のエステね・・・行きたいって言ってたわよね?一緒に行きましょうか?」
「ええ、そうしましょう。お姉さんと一緒なら続けられるわ、きっと。綺麗になって・・・不倫じゃなくきちんとお付き合いしてくださる方、探そうかしら」
「いいわね、今でも十分だけどもっと綺麗になればいい人直ぐに見つかるわよ。私は・・・主人だけだけど、きっと喜んでくれると思うわ。長く冷たくしてきた分を返さなきゃ・・・」
「素敵ですね、そう思えるなんて・・・それに比べると剛司さんは・・・人の事言えないわね、こんな事しているんだから。でもね、私の事本当に大切に考えてくれる人だったら、容姿とか年齢とかは気にしないの。かっこいい人じゃなきゃイヤってずっと思ってきたけど、間違いだって気付いたし・・・」
「優しくて思いやりがあってかっこいい人なら文句無いけど、天は二物を与えず、って言うから、うまくは行かないわよね?」
「そうですね。でもご主人優しいし、お金も稼がれるから二物を与えられているんじゃないですか?」
「そうか、そうかも知れないね。そう考えたら幸せって思わなきゃ・・・美雪も与えられた美貌が邪魔をして不幸にならないようにしなきゃね・・・中身で勝負できる人を見つけてね」
「必ずお姉さんに相談しますから、見て下さいね」
「えっ?なによ、私が決めるの?責任重大だなあ・・・ハハハ」

途切れることなく話が続く。
仕事のこと、将来のこと、子供のこと、孫のこと、そして徹のことを終わりにしたこと。
一番嫌な共通の思い出が皮肉にも二人の友情に変化していた。忘れることが出来ない夜が静かに更けてゆく・・・何時しか美雪は悦子の手を握って眠っていた。

あんな事があって精神的に疲れたのであろう。美雪は寝息を立てて眠っていた。繋がれた手をそっと解き胸に当てて美雪が可愛いと感じた。変な意味ではなく女性として自分にない部分を備えていることが羨ましかった。外見ではない・・・振る舞いとか喋り方とか視線とか女を強く感じさせる部分だ。もちろん身体も綺麗だからそれが強調されるのであろうけど。

徹は何故あんなことをしたんだろう。美雪のことが好きなんだったら決してやってはいけないことだ。夫も少し前までは圧力的な行為や言動が多かったが、自分への想いが戻ってきたせいか言葉遣いも態度も柔らかく変化した。そして何より相手目線でものが見れるようになっていた。徹がもし美雪の目線で見てやることが出来ていたら絶対に何を言われても叩くような事はしなかったであろう。そう考えると、好きだったのは美雪自身ではなく徹の欲望を満たす美雪の身体だったと思えた。

美雪が言った「失格」の言葉が怒りに変化したのは徹の驕りからだろう。美雪が先に「好き」と言って誘惑したことで頭に乗った気持ちで付き合い始めた事は明らかだ。美雪に否定されたことで逆上した背景にはそうした気持ちの部分が窺える。どちらにしても大した男ではなかったのだからお互いに別れて良かった。こんな事でもなかったら自分は徹に好きなように弄ばれていたに違いない。新しい女が出来たら捨てられて「何故別れるの?イヤ」なんてすがっている自分の光景が一瞬見えた。夫しか知らない純真な身体は徹のような遊び人には簡単に騙せるのだ。悲しいことだが、気持ちと身体は繋がっている。喧嘩しても抱かれると納まるのはそのためだろう。

女性と男性の違いをこの時ほど知らされた事はない。

いつの間にか悦子も眠っていた。
美雪は目を覚ますと悦子が自分の手を胸にあてがってくれていることに感動した。ずっと一晩中自分のことを思っていてくれていたんだとまた涙が出た。
「どうしたの?美雪・・・また思い出したの?」
「違うの・・・ずっと手を握ってくれていたんですね。そのことに感動して涙が出たの」
「そう、それなら良かった。いいのよ、お姉さんだもの」
「うん、ありがとう」

カーテン越しに朝日が眩しく差し込んでいた。

徹はもういちど二人に謝りたかった。特に美雪には許してもらえなくてもいいから頭を下げたかった。どうしようかと悩んで、剛司に相談の電話を掛けた。

「徹だ、久にぶりだな、剛司。今電話していて構わないか?」
「徹か!どうしたんだよ。何かあったのか?同窓会のことか?」
「違うんだ。聞いて欲しいことがあって電話したんだ」
「そうか、なんだい?女か?お前のことだからまた揉めたんだろう?ハハハ・・・」
「冗談言うなよ。まじめなことなんだから」
「すまん。聞くよ」
「美雪の家に行って喧嘩になって、叩いてしまったんだ。そこに悦子も来て全て解かってしまったんだよ・・・その二人と仲良くしていたことが」
「本当か?お前酷い奴だなあ・・・スケベな事は知っていたけど、同級生と後輩同時にか?」
「たまたまそうなっただけなんだ。お前と別れて美雪はボクに積極的だったんだ。これなら遊べるって付き合い始めたんだけど、悦子と何故か仲良くなっていてボクとの関係を知られたから、最近冷たくなってしまったんだよ」
「当たり前だな、それは。しかし運が悪いなお前も。二兎を追うもの一兎を得ず、って言うからな。自業自得だな・・・諦めて次を探せ」
「簡単に言うな剛司。美雪に嫌われて悦子に絶交されているようなことじゃ、同窓会どころじゃないよ。何とか謝って許してもらいたいんだけど、連絡がつかないんだ」
「メールも着信も拒否されているっていう事だな?可哀相に。仕方ないな・・・俺が電話してやるよ。待ってな」