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Twinkle Tremble Tinseltown 1

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「不動産の仲介をやってるらしいけど。子供たちも独立してただでも二人っきりなのに、奥さんは晩御飯が終わると自分の寝室に引きこもっちゃうから、彼はいつでも一人ぼっち。淋しいのねって、あたし言ったの。でも彼は違うって」
 肺の奥から溢れる煙は湿った赤い唇を通過したとき、過剰な分泌を続ける唾液にタールを絡め取られたらしい。いつもよりも甘い香りが鼻先を擽った。
「同情なんていらない、ただ自分は愛したいんだって。君みたいな良い子に優しくして、親切に扱いたいんだって」
 口の中だけでなく目元にまで潤みを帯びさせ、クリスタは煙草を噛み締めた。
「あたしも応えたいって思ったし、彼のセックスは悪いもんじゃなかった。なのにあたし、イケなかったんだ。彼の顔を見ようと頑張ったのに、ベッドの中にいる間、ずっと、ずっと」
 ここまで言われて、ギャッジはようやく彼女が胸に浮かべる対象を自らも具現化することが出来た。
「ああ、レスのこと?」
 じっとりと胸の奥で焦げていた同情が急速に浮き上がり、喉元で味気ない口調へと姿を変える。
「あんたの職業、承知で付き合ってるんだろう?」
「そうだけど」
 何を今更、とはさすがに言わなかった。だがいつまで経っても歯切れの悪い口ぶりは、吹き込む風に巻かれて一層縮こまる。
「それでもやっぱり、心の中では同じこと考えてるのかなあって。あたしが仕事へ出るたびに」
「そんな性格じゃないと思うけど」
「捨てられちゃったらどうしよう」
「大丈夫だよ」
 間髪入れずギャッジは返した。見ているのに見ていない。女とはそんなもの。だから自分の子供が優れているといつまでも思い続けるし、地図も読めない。
「同情するって言うけど、そんな気なんか」
 今だって、本当に視線が窓の外を捉えているかすら怪しいものだった。軽侮を向けられようが見知らぬ場所に運ばれようが、自らの憂いに浸りきっているクリスタは気にも掛けない。
「ただ、飲み込みたくなる。好きだなんて言われると。そうしないといくないんだって義務感みたいなのが」
「女ドン・ファンってわけか」
 厚かましいナルシシズムとネオンの砕け散ったプラスチック看板、前と後ろから迫りくる煩雑は何の栄養価値も含んでいない。楚々と佇んでいる標識を目にして思い出したのは、この先で二週間後まで続く夜間工事、そして性欲。自分自身に呆れたら、もう最後まで話を聞く気にはなれなかった。車を路肩に停め、ギャッジは振り返りざまシート越しに身を乗り出した。
「あのね」
「なに」
 窓の外に煙草を投げ捨てたクリスタは、憮然とした面持ちで唇を尖らせた。
「説教なんて始めたら許さないから」
「説教っていうか僕の経験だけど」
「経験が聞いて呆れるわ」
「そりゃ僕は娼婦じゃないもの」
 そんな柄でもないくせに、ギャッジは汚い言葉を吐くとき、濃い眉を微かに下げた。
「僕が言いたいのは、あんたが好きだ何だって大安売りし過ぎってこと」
 クリスタは黙って口角を下げ、話の続きを促した。
「身体売ってるのが嫌なんじゃなくて、いちいち気をやるから腹を立てるんだ。もしレスが怒るとしたらさ」
「女はプッシーの付いた肉じゃない」
 嘆きは半分近くが自嘲で出来ていた。
「温かくて柔らかい場所が欲しいだけなら、プティングに穴でもあけて突っ込んでろって話」
「だからって」
 シートと悲哀に身を委ね、ギャッジは自らのジーンズへ手を伸ばした。
「愛情を切り売りしないほうがいいよ」
 男にはそんな器用な真似などできやしない。心など。誰か一人の女か、それとも永遠に自分だけのもの。やってくるかどうかも分からない機会をじっと待ち続けるなんて、シンデレラも裸足で逃げ出す夢想癖。


 妥協したくないとギャッジは思っていた。例えどれほどからかわれようとも。生まれてこの方、襲い来る困難に怖気づかされたことなど数えるほどしかないと彼は胸を張って言うことが出来た、去年辺りまでは。
 自信のあった勇気がそれでも足りないと気付いたのは、一人ぼっちでハンドルを握ってる自分の姿を客観的に認識してしまったある夜のことだった。幽体脱離のように自らを見下ろした途端、存在すら知らなかった未来が大挙して押し寄せてくる。今までのような怒涛の勢いだけだと、積み重ねた妥協の果てにあるものを受け入れるには不十分すぎるのだ。勝手に流れる時間が、いつの日か強さを上乗せしてくれる時が来るのだろうか。それとも本当に――。


 もっとも身体の方は機会を待つほど悠長ではない。ちりちりとチャックの開く音を聞かされても、クリスタは恐怖や嫌悪を覚えなかった。ボクサーパンツを押し上げる立派なものを覗き込み、少年のような口笛を吹く。
「メーター、戻してくれんの?」
「うん」
 動きは素早かった。瞬く間にドアを開いて飛び出した身体は、もう一度瞼が上下する前に助手席へと滑り込んでいる。上半身を運転手の膝元に投げ出すことも一切躊躇はない。
「男乗せてもこんなこと?」
 まず灰色の下着越しに一度舌を押し付けてから、クリスタは訊ねた。秀でた額に掛かった前髪を掻き上げてやり、ギャッジは首を振った。
「女しか乗せないんだ」
 本音か建前か自分でも分かっていないことを口にするのはさすがに大人気ない。だが結局彼は、形のいい後頭部を撫でながら、現れた耳たぶへ優しく囁いた。慈悲が滴り落ちそうな声音と裏腹に、髪を滑る手のひらはまだ汗の一つも滲んでいなかった。
「今夜最後の仕事が好きでもない男となら、あんたも少しは寝覚めがいいんじゃないかと思って」


 大きく開いた唇を一旦半開きにまで戻し、クリスタは振ってきた言葉をじっくり噛み締めた。普段は度を超して表現する媚態も、今はお世辞程すら見せる気がないらしい。
「でもあたし」
 全く心の籠もっていない口ぶりでクリスタは言った。
「あんたのこと嫌いじゃないのよ」
 白々しい笑みに、ギャッジは無言で唇をねじ曲げた。

 女が口を塞ぐ。生暖かい吐息が亀頭全体を包んだかと思えば、次の瞬間には幾分ひからびた口腔内に飲み込まれていた。後はもう、興を削ぐ猛然とした鼻息が車内に蔓延するだけだった。せめて聴覚だけでも自ら管理するため、今まで存在を忘れていたガムを右の奥歯に連れ戻す。顎の動きと共に湧き出る唾液が零れないよう何度も喉仏を上下させ ギャッジは股間で蠢く頭を敢然と見下ろした。
「終わったら何か食べに行こうよ。フライドチキン位なら奢るし」
 なかなか芯を通さないディックから口を離し、女は真上の笑顔をじろりと睨みつけた。
「これだからガキは嫌なのよ」