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Twinkle Tremble Tinseltown 1

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pimp taxi route1




車内に充満した情事の匂いに、クリスタは露骨なほど眉を顰めてみせた。もっともその広い眉間には、運転手の迂闊さへ侮蔑を感じるほどの高尚さは込められていない。彼女はいつでも本能に促されて言葉を放ち、衝動に突き動かされるまま行動する。今もたんぱく質と分泌液の匂いを素直に不快と認識し、代りに吐き出すバニラの紫煙を覆い被せることで気分をごまかすつもりなのだろう。ものの見事に失敗し、唇が左に歪む。
「なんてスベタ!」 
「あんたに言われちゃ世話ないね」
 組み替えられた膝頭をバックミラー越しに見つめ、ギャッジはふっと息を吐き出した。直情過ぎる性格に眼を瞑れば、出るところは出て締まるべきところはきっちり締まっているクリスタの肉体は素晴らしい。強いてあげるなら膝の骨が大きいのは減点対象。すらりと伸びた脚が、あつかましい出っ張りのおかげで若干厳つく見える。多少がに股気味なのもあり、ハイスクール時代チアリーディングをしていたという事実が丸分かりになってしまう。そのことも含め、娼婦にすら一定の知能を求める最近の風潮は、彼女の威勢のよさをどちらかと言えばアブノーマルな位置づけに追いやっていた。
「レイチェル? リサ? や、彼女はこんなハイスクールのガキンチョみたいなパフューム付けないよね。この匂い……」
 通った鼻筋を軽く持ち上げ、ヘルズエンジェルスから追い剥ぎしたようなレザージャケットの肩を抱く。
「カボティーヌ!」
「キャリーのだよ。文句言うならそっちに廻して」
 女とまぐわい続けている最中も噛んでいたガムは、とっくの昔にブルーベリーの味を失っている。鋭い水音は自らの頬の裏側に菓子がくっ付いたせいか、それとも後部座席のクリスタが鳴らした舌打ちか。古びたイエローキャブのエンジンは余りにも大雑把で、ささやかな音は飲み込みまとめて攪拌してしまう。
「ガキ同士で、お似合いか」
 どうせなら下らない呟きも消してくれればいいのに。自分がどのような態度を取っても彼女が子ども扱いすると分かっているので、ギャッジは黙ってハンドルを切った。車は既に大通りを外れ、くねくねと路地に沿って従順に進んでいる。眠ることないネオンや街灯もここまでは届かず、住人が勝手に区切ったコンパネの塀がヘッドライトの単色を乱反射させるばかりだった。


 そもそも本来、彼女とて人の生活にとやかく言えるような立場にはない。今夜呼び出された場所はアッパータウンにあるホテル・クレメンタイン。そこそこに良い客だったのだろう。チョコレートクッキーと同じ色をした髪を掻きあげるクリスタは、垂れ気味の眦を満足げに細めていた。
「お腹すかない?」
「今何時だと思ってんのよ。太るじゃない」
「だって俺、夕食はいつも6時だから」
「あんた晩飯の時間なんて知ったこっちゃないわ」
 まずいBBQソースの掛かったスペアリブは、四分の一日と少しが経過した今、とっくに血となり肉となっている。不思議なことに、ハイスクールでフットボールを追いかけていた十年前に比べ彼の胃袋はその燃費を一層悪くしていた。いつもなら今頃は、ダンキンドーナツを買いにスミソニアン通りへと車を回している時間帯だ。贔屓はゴマのついたもの。時折ホットチョコレートを飲んでいる巡回中の太った警察官に挨拶する。
 クリスタがその手の人種を毛嫌いしていることは知っているので、ダイナーのスペシャルクラブサンドあたりで我慢してもいいかと思案していた時のことだった。後部座席から柔らかく尾を引く溜息が流れてきたのは。
「やっぱりお腹空いたんだろ?」
「空いてないってば、馬鹿」
 返事が幾分鼻声混じりだったことに驚いて振り返る。助手席側のドアに身を押し付けるようにしたクリスタは顔を横にねじ曲げ、人っこ一人いない歩道に視線を投げ掛けている。トルコ石のような瞳はいつもの硬さをなくし、テールランプの光で幾重にも滲んでいた。
「クリスタ?」
「今日の客はとっても優しかった」
 細く開いた窓のおかげでようやく人の体臭が薄まる。籠もっていた煙草の灰が寒空に引きずりだされていく様子を傍観しながら、クリスタは訥々と言葉を続けていった。
「別に縛られてもフィストでも平気。仕事だし、相手があたしで欲情してるって分かったら気分いいしね。でもあんなに優しいのは困る」
「優しくて困るってなんだい」
 本格的に彼女の自宅行き最短経路を迂回しながら、ギャッジは訊ねた。
「あんたの胸見てたたないなんて、病気持ちじゃないの」
「ちゃんと勃ててたわよ。でもただ突っ込むだけじゃなかった。髪を撫でられてほっぺたにキスされて。甘い言葉も掛けてくれたし」


 語られる手順は、恐らく本当の夫婦ですらハネムーンの1年後にはすっ飛ばしてしまうようなしつこいもの。少なくともギャッジの母は子供たちが物心ついて以来、夫とそのような真似をしでかしていないはずだった。類似品を求めるならば、それは恋人たちの睦み合い。笑ってもいいのならいっそ笑ってしまいたい。よりによってその客は、ティンゼルタウン屈指のあばずれと貴い真摯さや愛情を共有しようと試みたのだ。


 だかその男以上におかしいのは、喋りながらも落ち着きなく煙草を吹かし、時折噛んでつぐむことでめいいっぱいの怖れを表現するクリスタの唇だった。彼女はいつでも好奇心旺盛だし、どんなに過激なプレイでも果敢に挑んで愉しむ淫猥さを備えていた。特に相手から受け取れる金や奉仕は出来る限り貰っておこうと考えるさもしさなど、いっそ感歎すべき領域に達している。
 そんな彼女が、全ての動作に「丁寧な」という形容詞がつきそうな愛撫で怯えているのだ。尋常な事態ではない。もっともこの女に尋常さを求めるほうが間違っているのかもしれないが。
「本当に優しかった?」
 眼を凝らしていたら、頭上に数年前潰れたレストランの看板が見えてくるはずだ。分かりにくい通りの出口を上目で探しつつ、ギャッジは仄暗い背後に向かって疑問を投げかけた。
「変なこと、されてない? 自分が気付いてないだけで、実はとんでもない変態を」
「されてない!」
 飛び上がるほどの大声でクリスタは叩き付けた。
「されてないんだってば。もう、なんで分かんないかな」
「ごめんよ」
 謝罪は心からのものだった。子供だと言われても仕方がない。学校を出てタクシーに乗り始めてから何年か。もともと言葉に注意を払わない性格も災いし、ドライバーの必修科目「気の利いた会話」の単位を取るのはまだまだ先になりそうだった。未履修なら沈黙を貫くのが一番無難だが、元来静かさを好まない性格、勝手に唇から言葉があふれ出す。
「あんただってそれくらいの分別はあるものね」
「奥さんが子宮を取っちゃったんだって」
 最初からまともに言葉を交わす気など持たず、クリスタはまだ窓の外を見遣っていた。ひたすら壊れた壁が続く代わり映えのない景色に何を見出したのだろうか。厳しい光を放つまなこは、青や黒、緑や白とそれらを混ぜ合わせた色を複雑な配分で沈ませている。