降誕祭の夜
ピース独特の甘い香りが私のところまで流れてきて、あ~、懐かしいな、この匂い・・と私の記憶がまた時計の針を巻き戻した。
でも頭の中には次々に??マークが湧きあがって、ちょっとしたパニックになっていたのだろう、私はコーヒーを入れたカップを持つ手が小刻みに震えているのを自覚した。
「ヒロシ、怖がらなくてもいいよ」
「ちゃんと話すから・・・」私の手の震えを見て、パパが言った。
つまりは、こういう事だったんだ・・・・とパパは両切りのピースを灰皿に押し付けて話し始めた。
「あの日な・・40年前のクリスマスイヴの夕方、パパはヒロシが大好きな不二家の生クリームのクリスマスケーキを買いに新小岩に行った。そしてケーキを買って帰ろうとしたら・・・・店を出たところでサンタクロースの格好をした人に声をかけられたんだ」パパは続けた。
「私について来なさい、子供がもっと喜ぶプレゼントをあげよう・・とね。こうも言ったな、アナタはラッキーだ・・と。
覚えてるかな、あの頃・・パパは仕事がうまくいかなくてな、本当の事言うとケーキ代もやっとだったんだよ。だからお前に買ってあげるプレゼントをどうしようかと悩んでいたから、子供にあげられるプレゼントって聞いたら、例え詰らない福引きでも抽選でも・・何も無いよりはマシだろうと、そのサンタクロースについて行ったんだ」
「・・うん、それで?」
「そして、暫くそのサンタについて歩いて行ったんだが途中で流石におかしいな・・って思って聞いたんだ、どこまで行くんですか?って」
「うん・・」
「そうしたら、サンタが振り返って言った。もう、ここが終点です・・って」
「どこだったの?小松川あたりまで歩いちゃったの?」
「ううん、サンタが振り向いた瞬間、周りは見た事も無い景色の場所に変わってたんだ」
「え?どういう事?」
「パパも聞いたさ、どこですか?ここは!って」
「サンタが言ったよ、天国への中継地点ですって・・」
「天国って、パパは・・死んじゃったって事?!」
私は思わず、子供の頃の呼び方で呼んでいた。
いや、ちょっと違ってたんだ・・とパパは両切りピースに火を点けた。
「あ、一本貰ってもいい?」
「吸うのか、ヒロシ・・」
「オレ、50過ぎだよ?パパ」
「そうか、そうだよな。もういい大人だ」
うん・・と私はパパに火を点けて貰って、ピースを吸いこんだ。
何故だか舌先にピリピリ触れる煙草の葉っぱまでが嬉しかった。