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てっしゅう
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「忘れられない」 第五章 仁美の秘密

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「安田さん、他人の私が、それも独身の私が言うのもはばかられますが・・・女はね、大切にされているという実感が欲しいのです。挨拶から始まって、感謝、ありがとうとか、綺麗だとか、ちょっとした言葉で嬉しく感じるんです。あなたにはそれが欠けていたように思います」
「・・・今はそれが分かるような気がしています。あの頃は、仁美のことも許せませんでしたが、自分が余計に許せませんでした。やり直そうって・・・でも仁美からの逆切れのような返事を見て、もう戻らないと決めたんです」
「裕美さんは、あなたと仁美さんが元に戻ってくれるようにと家を出たんですよ。父親への思いを年上の不倫相手にぶつけてしまって・・・あんなことに。彼女の気持ちの中には自分を捨てたというより、父親と逢いたいという気持ちの方が強かったのじゃないかしら。それを思うと・・・早まった行動だと非難されても仕方が無いですわ。ごめんなさい、こんなことまで言ってしまって」
「有紀さん・・・私のようなものによく言ってくれました。昨日の仁美の電話からずっと考えていたものが吹っ切れました。すぐには無理ですが、仁美に会って謝ります。許してはくれないだろうけど、戻れるならまた一緒に暮らしたいとそう願っています」
「安田さん・・・本当にそう思われているのね?」
「はい、今そう決心しました」
「よかったわ。心配して、ずっと仁美さんの事どうしたらいいのか悩んでいましたから。仁美さんにこのこと伝えたいの。構いませんか?」
「ええ、お願いします。有紀さんの言うことはきっと聞くでしょうから」
「早速電話しますよ、いいですね?」

そう言って、有紀は仁美に電話した。
「そう、そう言ったの・・・あなたが言うのなら無視できないわね。都合合わせて会うから、安田にメールしてといって頂戴。それから・・・有紀さん・・・ありがとう」
「ううん、嬉しいのよ。あなたの役に立てて・・・」

本心から有紀はそう思っていた。安田は仁美からの伝言を聞いてほっとした表情を見せた。
「有紀さん重ね重ねありがとうございます。なんと言って良いのか・・・あなたとこうして知り合えたのも本当にご縁ですね。ああ、それとね関係があるのかどうか知りませんが・・・」
安田は有紀にとっての核心を突く話をし始めた。

「岡崎の工場に居た時に知り合った友人で塾の先生をやっていた奴が居たんですよ。名前は、石原って言うんですけどね、彼が僕に見せてくれた昔の写真に写っていた当時の彼女でしょうか・・・出雲で撮ったって言ってましたが、その女性に有紀さんがとても似ているので、彼のこと思い出したんです」
「石原さん・・・ですか・・・」

それ以上は今は言えなかった。動揺してしまったからだ。少し変だと感じた安田は・・・顔色を伺いながら、「まさか」という気持ちが湧いてきた。

「そうです、確か明雄って言ったなあ・・・工場の近くにライブをやる喫茶店があって、時々週末に通っていたんです。彼も良く来ていました。大学が京都だって聞いてボクも同じだったので仲良くなりました。いろんな話をするようになって、お互いに妻は?という話題で、どちらもバツ一だったのでそのことも気があって・・・彼は好きな人が居るって話してました。内緒だといってその写真を見せてくれたんです。綺麗な人だね、といった覚えがあります。今はどうしているの?奥さんになったの?って聞いたら、首を横に振って悲しい顔になりましたね。事情があったのでしょうね、それ以上は聞きませんでしたが・・・有紀さん、あなたには本当に似ているんです」

有紀はもう泣いていた・・・止まらないぐらいに涙が出てきて、手で顔を伏せてしまった。安田はこんな偶然が目の前で起こるなんて信じられなかったが、自分を有紀と会わせたのも、死んだ裕美が天国から導いてくれたのだろうと考えた。

「有紀さん、本当なんですね、この写真に写っているのはあなた本人なんですね?」
「はい、安田さん・・・ずっと今まで探していたんです。一人で居たのも彼を探すため。どうしているのか知っておられますか?」
「ええ、もちろんですよ。ビックリするといけないからボクからまずは電話して話しますよ。いいですね?」
「はい、お願いします。とても嬉しいです。彼に逢えたらそれだけでもういいんです・・・」

有紀はその時はそう思っていた。逢って話をしたら気持ちに整理がつく、今はそれ以上は望まないと安田にも話した。
自分の部屋に安田は戻り、また連絡すると言ってくれた。すっかり日が昇ってよく晴れた空は、有紀の希望を映し出す青いキャンパスに見えた。


安田からの連絡は、石原に電話が繋がらないから、留守電を入れておいたという内容であった。有紀は急がなくても構いませんので、と返事をして、少し外出するので携帯に連絡を下さい、と付け加えた。急ぐ必要は無かったが、仁美に早く話をしたいと連絡を入れて、自宅へ向かおうとしていたのだ。

「こんにちわ・・・急にごめんね」
「構わないわよ、遠慮しないで・・・有紀さん良かったじゃない、見つかって。不思議ね、安田の友達だったなんて・・・世の中何が繋がっているのか分からないね、怖いことだわ」
「そうよね、安田さんが引越しして来られなかったら、あなたが復縁するきっかけなんて無かったでしょうしね」
「まだ、復縁するって・・・言ってないよ。早とちりなんだから」
「そうなの?その気になっているのかと思っちゃったわ。安田さんは良い人よ。昔のことはあなたにとって忘れられないことだろうけど、これからのことが大切なことだって思うわよ」
「相変わらず簡単に言うのね・・・裕美のこともあるし、そんな簡単には許せないのよ」
「裕美さんが望んであなたと安田さんを導いたのよ。私とのこともそう。今はその天国からの思いに応えなきゃ・・・あなたが安田さんと復縁することはあなただけじゃなく、裕美さんの幸せでもあるのよ」
「有紀さん・・・解っているのよ。あの人が謝ってくれたら許そうって考えている。でも私には安田と戻れない理由があるのよ。気持ちだけ受け取って友達としてお付き合いするわ」
「何言ってるのよ!安田さんが謝ってくれればあなたが受け入れるだけじゃないの!何を気兼ねするようなことがあるのよ」
「有紀さん・・・とにかく会ってあの人と話すわ。結論はそれから、ね?それでいいでしょ」
「構わないけど・・・決まっているのなら、早く伝えてお付き合い始めたほうがいいと思うのよね。仁美さんもいつまでも、遊んではおれないでしょうから・・・」
「それは、そうだけど・・・有紀さんだって遊んで暮らせないでしょ?」
「私は・・・明雄さんと逢えたら、仕事探すわ。生活をきちんと考えないといけないからね。結婚できたら・・・傍に居たいから仕事はしないつもり。貧しくてもいいの。蓄えがあるし、年金もそれなりにもらえるから」
「のんきね・・・お嬢様だわ、有紀さんは・・・安田の話はこれで終わりにして、晩ご飯どうする?食べに行く、それとも作ろうか?」

仁美は話しの矛先を変えたかった。自分にとって都合の悪い部分を話さないと、どうしても解決に向かわないと思えたからだ。