小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
てっしゅう
てっしゅう
novelistID. 29231
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

「神のいたずら」 第十一章 運命の前夜

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

「うん、そうする。明日はっきりと電話して言うから」
「それにしても・・・なんで貴樹くんって焦ったんだろう」
「わかんないけど、欲求不満が溜まっていたんじゃないの」
「ほう・・・よくお解かりですね。でも、さすが碧ね、うまく切り抜けた。才能があるよ、うそをつく」
「それって褒めてる?もうお姉ちゃんはすぐ碧をいじめる」
「二人とも、またやってるの。ご飯にするから手伝って!」

由紀恵は不満に思ったが今日のところは碧に任せようと話を止めた。

自分のベッドで横になって碧はぼんやりと考えていた。高林が隼人って言う名前だったことには正直驚かされた。気持ちはもうすっかり碧だったが、正確には隼人が隼人と付き合う事になるのだ。考えてみれば凄い偶然かも知れない。そうでなければ、運命の出逢いなのかも知れない。

今まで何となくだったが高林隼人とは一つになる・・・そんな気持ちがはっきりと現われていた。そしてそれは今日のような不安な気持ちではなく自ら望む自然な欲求で叶えられる予感がしていた。あの日卓球部の部室に飛び込まなければ隼人との出逢いはなかった。運命は窮地を救われた肇にではなく窮地に立たされた高林隼人に微笑んだのだから・・・世の中は解からない。

ゴールデンウィークが終わろうとしていた。碧は由紀恵がいい顔をしないので隼人との約束を話すことが出来なかった。ましてバイクに乗せてもらうなどと言える筈も無かった。
「ママ、今度の土曜日は友達と遊びに行くから、お昼いらないよ」
「誰と遊びに行くの?」
「詩緒里ちゃんと」
「遅くならないで帰ってきなさいね」
「うん、解かってるよ」

ウソをつくしかなかった。今まで母親にウソをついて出かけた事など無かった。今はそうしてでも隼人とドライブに行きたかった。貴樹にはっきりと自分の意志を電話で伝えると、思っていたより簡単に、「そう、じゃあ元気でな」と返事され拍子抜けに感じさせられた。結局自分の思いはなんだったんだろうと惨めに思えたが、きっと隼人がそんな自分を救ってくれると期待した。

金曜日の部活を終えた時に、明日は用事で休むからと後輩に伝えた。初めて続けてきた部活もずる休みをする。碧の中でそれほど隼人への思いが強くなっていたのだ。男性の価値観が高橋隼人自身で感じていたことと、小野碧として経験して感じていた男性観にずれが出始めていた。優しさは時に誤解を与え、甘やかすことを肯定してしまう。はっきりとそして乱暴に感じるような表現でも心からの真実を伝えた方が最後は傷つかない。

コンビニでバイトしている高林隼人こそ、本音でぶつかってゆける相手だと思えた。

碧はもう不安も無く眠りにつくことが出来た。朝の光が眠りから呼び戻してくれた土曜日が訪れた。

待ち合わせ場所のコンビニに少し早く着いた碧は、中に入って二人の飲み物を買った。レジで並んでいると駐車場にバイクが入ってきた。メットを外して辺りを見回す隼人の姿を見ながら、気持ちが急いた。

「飲み物買ってたの。碧バイクに乗るのは初めて。大丈夫かな」
「大丈夫だよ。俺にしっかりとしがみついていろよ。これ被って、バッグはここに仕舞うから貸せ・・・足をかけて座ったら、俺につかまれ・・・そうだ、じゃあ行くぞ」

碧はしっかりと隼人のおなかに手を回して指を組み合わせた。自然と胸と背中がくっつく。エンジンが掛って少し前傾姿勢になった隼人に今までくっついていた胸が離れ、代わりに頭がくっつくようになった。横を向いて背中から顔が離れないようにしっかりとしがみついてバイクはスタートした。

天気が良かったので風が心地良かった。
「隼人さん、気持ちいいね・・・風が気持ちいい」
「そうだろう・・・これがたまんないんだよバイクは」
「ねえ?どこまで行くつもり?」
「そうだな・・・甲州街道を走って相模湖まで行くかな」
「碧行った事ないから、楽しみ。あまりスピード出さないでね。怖いから」
「ああ、出さないよ。心配するなって」

府中を過ぎて道は山道に変わってきた。風薫る五月とはよく言ったものだ。木々の緑は鮮やかで流れる空気は清々しい。周りの景色を見る余裕が出てきた碧は、隼人の背中に時々頭をつける仕草をしながら通り過ぎる景色を眺めていた。母親に内緒で、おにぎりを作ってバックに入れてきたからどこかで食べたいと言った。相模湖が見えてきた峠道にバイクを止めて、脇に座って碧が差し出したおにぎりを隼人は食べ始めた。

「俺さ・・・こういうの夢見ていたんだ。好きな人が作ってくれたおにぎりを一緒に食べるって。両親の仲が悪かったから、どこにも連れて行ってもらえずに居たからな・・・友達の話が羨ましかったよ。なんで俺だけこんなに惨めなんだって・・・幸せそうな奴見たら、腹が立って。殴ったりしてきた。本当は強くなんか無い、弱い人間だったんだよ」

隼人は自分の今までを語り始めた。

「隼人さん、弱い人間なんかじゃないよ。今頑張ってるじゃん」
「碧が・・・居るからさ。久しぶりにお前をコンビニの前で見たときから・・・気になっていた。悪い奴らから抜けたのも今日のことを夢に見たからさ。正直言って夢だけかとずっと思ってきた。本当に信じられないんだ」
「そうだったの・・・碧がもっと早く気付けばよかったね」
「優しいなあ・・・こんな俺に、清純で可愛いお前は不釣合いだと思うけど、好きだ・・・誰にも負けない。俺と付き合ってくれ」
「隼人さん・・・碧はもう・・・碧は隼人さんのもの」
「本当か!やった!」隼人はすっと立って飛び跳ねた。その格好が面白かったのか碧はくすくす笑った。腰を下ろした隼人にそっと寄り添って手を握った。

「今から言うことは二人だけの秘密にして・・・驚かないでね」
「なんだい?」握っていた手に力を込めて隼人はそう聞いた。
「うん、碧は本当の碧じゃないの・・・事故で意識を失ったときから過去の記憶を全部失って、目が覚めたら男の人の記憶しかなかったの」
「えっ?男の人の・・・そんなことってあるのか」
「その記憶の人の名前がね・・・隼人って言うの」
「俺と同じ名前か!字も同じなんだな?」
「うん、そう」
「もう昔の記憶は戻らないのか?」
「多分ね。女の身体はしているけど・・・本当の心は男なの」
「そんな事無いよ。たとえ記憶がそうであっても、碧は碧だし、俺にとって最高の女だよ、誰よりもな」
「元の碧で居たかった・・・そして隼人さんとこうなりたかった。ゴメンなさい、許して・・・」涙がこぼれてきた。話すつもりじゃなかったけど、すべてを知っていて欲しいと思った。

「過去はどうしようもないけど未来は変えることが出来る、って言うぜ。碧の未来は俺が作る!今までの事は忘れろ」
「それでいいの?しがみついて行っていいのね・・・」
「ああ、絶対に幸せにしてやる。誰に何を言われようともお前を放すものか」

力強い言葉に碧は男の強さと優しさを同時に感じた。今度こそ本当の恋が出来ると信じた。運命の悪戯がもうそこまでやってきてることを知る由も無く・・・


相模湖をぐるっと回って隼人は再び甲州街道を引き返した。高井戸付近まで来た時に、空が曇ってきて雨雲が近づいてきている事に気付いた。