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てっしゅう
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「哀の川」 第五章 別居

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「私もその方が嬉しいわ。じゃあ、三人で行きましょう!」
「わ〜い、やった!楽しみだなあ」

明るい笑い声が響いていた。麻子の母は、実家に戻ってきたことを始めは憂慮していたが、仲の良い姉裕子と一緒に居ることで、気が休まっているのだろうと、今は嬉しく思っていた。まさか、直樹が、好きな男性が出来たことが原因だとは考えもしないことだろうから。

直樹は明日社長に提出する、通信販売の提案書を徹夜で作成していた。絶対の自信に支えられての計画だった。その内容は、後に最大手にのし上がるネット通販会社に匹敵するほどの緻密な出来栄えであった。そして、この提案は会社がやらなければ、自分がやるんだとはっきりと決めてかかった直樹の信念に近いものでもあった。


直樹の会社の社長、加藤は提出された提案書を読んでいた。直樹は前に座ってその顔を覗き込んでいた。前のページに戻りながら読み終えた加藤は、直樹に手渡された提案書を返して、一言呟いた。

「良く出来ているね。感心したよ。以前から君の強い考え方は聞いてきた。これはその集大成だね。円高はますます強くなると聞かされているし、商売も怖いぐらい順調に歩んでいる。今全く違う新しいことをする段階じゃないし、社員の皆を納得させるだけの説明も私には出来ないから、これは受け入れられないね。丸井物産だった時の後輩がね、新しい取引の依頼を持ってきたんだ。今社内で検討しようと、細かい部分を詰めている所だ。斉藤君にはそのプロジェクトの責任者になって欲しいと考えているのだが・・・今の気持ちはどうかね?」
「社長、私は十年先を考えて余力のある今のうちに、この新しい部門をスタートさせるべきだという信念があります。いま自分はこの仕事以外に集中してやれないとまで考えています。新しいプロジェクトへの抜擢は身に余る光栄に感じていますが、お受けできません。お許し下さい」

加藤は、ちょっとがっかりしたような表情になり語気を強めた。

「斉藤君、会社の要求を断るという事はどういう事なのか解っているのかい?」
「はい、もちろんです。その覚悟で今日は提案しました」
「そうなのか、惜しいなあ・・・君は将来、役員になってもらいたいとも考えている人なのに、惜しいよ、斉藤君。考え直してくれないか?」
「生意気ですが、必ず今の景気はなくなります。売り先を店舗から消費者に変える事は急務だと確信しています。会社のために私の提案をもう一度考えてみて欲しいです」
「・・・物別れだな、残念だよ、斉藤君。仕事に戻りなさい。ここまでだ」

社長室から出て行く直樹に専務の好子は声をかけた。

「斉藤君、辞めないで・・・寂しくなるから」
「専務、ありがとうございます。残念ですが、明日にでも辞表を出します。私のようなものを温かく応援してくださってありがとうございました」

好子は一社員が去ってゆく事とは違う寂しさを直樹に感じていた。

次の日、直樹は辞表を出した。それは、自分のやりたい事を独立してやる意思だけでなく、硬直した考えの会社に嫌気が差していたこともあった。わずか12人の会社はどうしても社長の言いなりに動いてゆく。これからの激動するであろう日本で、旧態依然としたやり方で会社が伸びて行くとは考えられなかった。自信があるわけではなかったが、自分の考えた計画書はどうしても実現させたかった。

「社長、長い間お世話になりました。少し、自分なりに考えを練り直して、スポンサーを探します。採用してくれる場所がなければ自分で動くつもりです」
「そうか、残念だよ。頑張ってくれ、と言うしかないな」
「ありがとうございます。では・・・」
「退職金やいろんな手続きがあるから、専務と相談するように」
「はい、解りました」

直樹は、事務所にいた専務の机に向かった。退職金は掛け金の範囲で勤続年数から計算して約100万円ぐらいだといわれた。雇用保険の離職届けや社会保険の切り替えなど、専務の好子は全部してあげるから、と直樹に約束した。数日後必要書類が出来たことで、直樹は再び会社を訪れた。

「斉藤君、ご苦労様でした。これで書類はすべてなの。後は区役所に保険の手続きを出してきて、ハローワークに申請すれば完了よ。ねえ、今夜少し会ってくれない?なんかこのままさようならするのが残念で・・・ね?いいでしょ」
「はい・・・ボクは構いませんが、社長はいいんですか?」
「内緒で・・・ね?渋谷の裕子と会ったカフェで、待ってて。六時半には行けるから」
「・・・そうですか、解りました」

意味深な誘いにちょっと戸惑った直樹だったが、長年お世話になった専務への義理も果たさないと・・・そんな気持ちだった。

6時半に好子はやって来た。一度家に帰ったのだろうか、ハッとする衣装に着替えていた。直樹は本当に専務なのかと目を疑った。ミニのワンピは麻子も良く穿いていたが、好子の身体を麻子に負けないぐらい綺麗に見せていた。

「お待たせして・・・早くに来たの?」
「いいえ、さっき着いたばかりです。専務、なんだか別人のようですね」
「そう、斉藤君、今は専務じゃないわよ。好子って呼んで。加藤はいやよ・・・」
「はい・・・じゃあ、好子さん・・・で」
「うん、ありがとう。おなか減ってない?知ってる店があるからそこに行きましょう。近くだから歩いてね」
「大丈夫ですか?二人で行って・・・」
「斉藤君・・・いや直樹君にする、直樹君」
「はい」
「今日だけでいいの。私の思い通りにさせて・・・気を遣ってくれなくてもいいのよ。さあ、行きましょう」

直樹は誘われるままに表に出て、好子に付いて行った。程なくそのお店は白い塗り壁が印象的なスペイン風建物だった。

「ここよ、私はここで聞くフラメンコが好きなの。直樹君も聞いたことが無かったら、きっと気に入るわよ」

いらっしゃいませ・・・お二人さまですね、ちょうど良いお席が空いておりますので、ご案内いたします、と店員に従って、ボックスになっている二人掛けの席に座った。好子は直樹の左側に座った。ワインを注文して、直樹の独立に「乾杯!」と祝ってくれた。少し飲み始めて、好子は身体を直樹に近づけてもたれかかるようになった。

「直樹さん・・・嫌がらないでね。あなたの事は知っていてこうしているの。主人と15年前の出来事は解決したように感じたけど、裕子と話して、気持ちが楽になった部分と主人に対してまた思い出してしまった部分とが交錯しているの。そのことで最近は喧嘩が、耐えない」

好子は今の心境を語り始めた。

「会社では顔に出さないけど、主人は家に帰るとおれのこと一生許せないんだろう!とか、許せないんだったら、お前も浮気しろ!とか、酔って言うのよ・・・長い間二人の間にあったわだかまりが、直樹君の好意で解けたと感じたけど・・・なんだか蒸し返したようになっているのよ。ゴメンね、あだにして」
「そんな事は無いですよ。気になさらないで下さい。社長・・・いや、加藤さんは立派な方です。好子さんが支えてあげないと会社がうまく行きませんよ」