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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「哀の川」 第五章 別居

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「3万5千円だよ、約」
「それって、1000円の株価が500円に下がるって事ですか?」
「そうだよ、単純にはそうじゃないけどね。去年おれたちは全て売り抜けたけど、会社が保有している海外の不動産や、国内の不動産などが暴落したら、補填し切れなくなるから残念だが早めに手を打って、全ての会社保有資産を売却するよ、いいかい?一応役員の麻子にも話しておかないといけないと思ってね」
「あなたに全てお任せしていることですから、ご自由になさって下さい」
「わかった、すぐにかかるから・・・しばらく家に帰れないかも知れないので、純一を頼むよ」
「はい、いつも同じセリフね・・・純一を頼むって・・・お仕事大変なのは解りますけど、子供や私の話も聞いて下さいね」
「何かあるのか?急ぐんだったら、今聞くぞ」

麻子はこの状況で離すべきかどうか迷った。明日から出かける夫がまた愛人を連れて海外に行くのかと考えると、話そうと決心した。

「あなたが大変な時になんですが、ずっと考えていたんです。夫婦らしい生活をしていない私たち家族に我慢が出来なくなりました。明日あなたを送り出してから、純一と実家に帰らせていただきます。こちらのご両親にも話しをして出て行きますから」
「ん?何故だ?なにが不満だ?」
「そうでしょ!それが私には不満でしたのよ、あなたが気づかないことが」
「おれは、仕事を一生懸命にやって来た。それはお前たちを幸せにするためだから。何年か前から忙しくなってきたけど、それなりの収入をキミにも与えてきただろう?もう少し落ち着くまで我慢してくれよ」
「何を我慢するの?私や純一のことを考えてくれているなら、我慢なんかさせないはずよ!そうじゃない?あなたにはお金が全てなのよ。違う?」
「お金がないと何も出来ないぞ!家だって買えないし、服だって着れないし、趣味や遊びだって出来ないぞ!純一をいい学校にも入れることが出来ないぞ、違うか?」
「家がなくても、いい学校じゃなくても、あなたと三人幸せになれましたわ!家族がいつも笑顔で何でも話し合って、時々旅行して、私が働いてあなたを助ければ少しぐらいの贅沢だって出来たわ。何もかもが変わってしまったあなたとこれ以上は居たくないの」
「純一はどう思っているんだ!話したのか?反対したらどうする?ここにおいて行けるのか?」
「反対なんかしないよ、きっと。でも、もう決めたの、どうしてもここから出たくないって言ったら、気持ちが変わるまで義父と義母にお願いするわ。学校の行事には必ず出るから」
「子供を置いてゆけるのか?何故だ?誰か好きな男でも出来たのか?」
「あなたにそれを言われる筋合いはないわ!あなただって、誰といつも出かけているの?知っているのよ、言わなかったけど・・・」
「お互い様って言うわけか・・・ハハハ、お前も変わったな、純情だったのに、浮気をするような女になったんだなあ」
「最低!そんな事を言う人なんて・・・自分は甲斐性だなんて考えているのよね、男の人って・・・ずるい」
「稼いでいるのはおれだろう?お前に出来たのかい?こんな暮らしが」
「あなたには、私が欲しかったものを見つけられなかったのよね。いえ、見つけようとはしなかったのよ。それが解ったから、別れたいの」

麻子ははっきりと言った。

「おれと別れていい暮らしなんか出来ないぞ!これからは予想以上に厳しい世の中になるからな。それに、キミは会社の役員だし、会社の業務上責任っていう事も考えろよ。銀行借り入れの連帯保証人にもなっているだろう、それは変えられないから覚えておいてくれよ」
「あなたが私の署名、捺印を必要とした時には、会社に出向くわ。連絡して。それから、なるべく早い時期に役員の改選をして、私を外してください。出来れば保証人も・・・」
「それはできない、するとしたら会社を精算または破産した時だ」
「えっ?まさか、そんな事にはしないでしょうね?」
「今はな・・・でも解らない、状況次第では破産したほうがダメージが少ないかも知れないからなあ」
「株を売ったお金がたくさんあるでしょう?他にも預金があるし」
「今保有している不動産を買うために、借入したからなあ。キミの保証人は取っていないけど、こちらの返済がだめになったら、通常の借り入れも引き上げるだろうから、返済できなかったら、キミに請求が行くよ、多分」
「そんな事になったら、大橋さんに相談するから」
「ダメだよ、連帯保証人って言うのは、どこまでも支払い義務があるからね」

麻子は夫が話している意味をすぐには理解出来なかったが、不況が襲ってきたら、瞬く間に財産が消えてなくなるのだという事だけは理解できた。そして、そのとばっちりは自分にもかかってくると言う事もだ。

翌日の朝、夫美津夫は大きなカバンを手に出かけていった。アメリカと香港へ行くと言っていた。多くは聞かなかったが、玄関先で、さよなら、と麻子は言った。学校から純一が戻ってきたら全て話して実家に帰る準備をしようと身の回りを整理し始めた。

直樹の会社は少しずつ円高になってゆく恩恵を受けていた。得意先への納入価格も下げて、ますます量販体勢に拍車がかかっていた。こんな時に、直樹の提唱している直販などという未知の可能性へは、誰も賭けようとは考えていなかった。
当面我慢をして仕事を続けるしかなかったが、直樹には絶対にこの売り上げ増が続くとは、信じられなかった。麻子の夫の話を聞いても、夫の様子を見ても、まだまだ景気に陰りぐらいであんなに動揺していることが引っかかるのだ。

日曜日にいつものようにダンススクールへ足を運んだ。猛特訓中の直樹には、仕事が終わると、頭はタンゴ一色になっていた。今日も、麻子との激しい練習が続く。時間が来て帰り際に、裕子が二人を食事に誘った。いつもの渋谷のカフェで、パスタランチだ。カルボナーラを頼んで三人は食べ始めた。

「姉さん、直樹に話してもいいよね?」
「話してないの?そうか・・・電話なかったのよね、直樹さん」
「えっ?何か話があるの?麻子?」
「うん、金曜日から実家にいるの。お姉さんと一緒なの」
「ほんと!純一君は賛成したの?」
「黙っていたけど・・・ママと一緒に居たいって、そう言ってくれたから連れてきたわよ」
「ご主人知っているんだよね?」
「もちろんよ。話ししてから出て行ったから」
「じゃあこれからは、山崎さんの家に電話しなきゃね」
「うん、そうして。時間が許せば、遊びに来て欲しいし・・・」
「それはまだ無理だよ・・・世間体があるし」
「麻子、そうよ。まだ早いわよ。今は純一君の気持ちを考えてしばらくは大人しくしてなきゃ」
「そうね、そうする・・・今まで見たいにゆっくりと逢えないかも知れないけど、我慢してね、直樹」
「ああ、解ったよ。これからがあるから、大丈夫だよ。それに今仕事で考えていることがあるから、そちらに没頭するよ。決まったら話すから」
「ええ、頑張ってね。なんでも応援するから、必ず話してね」

直樹は、自分の考えをまとめて会社の社長に報告し、いい返事がなかったら、自分で独立しようと計画していた。